巻ノ七十 破滅のはじまりその一
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巻ノ七十 破滅のはじまり
天下の情勢は唐入りの戦を行っているとはいえ穏やかだった、天下の政は安定しこのまま泰平が磐石になると思われていた。
だが幸村は聚楽第で秀次からその話を聞いてだ、即座に言った。
「義父上はその様な」
「うむ、刑部はな」
「される方ではありません」
「わしもわかっておる」
秀次も幸村に確かな声で答えた。
「業病が治る願掛けに百人を斬るなぞな」
「それは迷信ですし」
「若しそれがまことでもじゃ」
「ご自身の為に人を無闇に殺めるなぞ」
「刑部はせぬ」
「はい、絶対に」
「これは質の悪い噂じゃ」
秀次は言い切った。
「まことにな」
「どうしてそうした話が出たのか」
「元々業病が治るというな」
「そうした話があるのは知っていますが」
幸村もだ。
「ですがそれを義父上がなぞと」
「そうした噂をする者はおる」
「世には」
「そうじゃ、だからじゃ」
「そうした噂が出ましたか」
「うむ、しかしな」
秀次はここでまた幸村に言った。
「太閤様はそのことを聞かれ大いに怒られてじゃ」
「そのうえで」
「そうした噂をしたものを処罰し実際に人斬りをしておった者を打ち首にした」
「そうされましたか」
「実はその者は業病ではなく偸盗であった」
「盗人でしたか」
「大坂の夜で暴れていたな」
そうした者だったというのだ。
「そこは違ったが」
「しかしですか」
「実際に人を殺しておった」
このことは確かだったというのだ。
「それでどちらにしてもこの話は終わった」
「義父上への疑いも晴れましたか」
「幸いな、しかし業病はな」
秀次は大谷のこの病については難しい顔で述べた。
「厄介じゃ」
「どうにもなりませぬか」
「薬を取り寄せ祈祷もしておるが」
それでもというのだ。
「よくならぬ」
「そうですか」
「全く、刑部程の者が」
秀次は苦い顔で言った。
「どうにかなって欲しいが」
「ですな、まことに」
「しかしそれはな」
「どうにかなりませぬか」
「うむ、薬や祈祷でもな」
それでもというのだ、こうしたことを話してだった。
そしてだ、秀次は幸村にあらためて話した。
「してじゃ、太閤様は今は刑部のことを収められ」
「そしてですな」
「お元気じゃ」
「それは何よりです」
「よく茶々殿とおられる」
「茶々殿と」
「叔母上よりもな」
ねねのことをだ、秀次はこう呼んでいて幸村にもこの呼び名で話した。
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