Chapter 1
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んかして、」
僕がそこまで言いかけると、咲子の眉に深い皺が寄った。かまわず、続けて、
「赤ちゃんが死んじゃったとかかなって、それで、お母さん」
僕はここで一度首を振り、
「お母さんになるはずだった女の人、きっと、その事実を受け入れられなくて」
「違うよ」
ここで、咲子が割ってはいった。
「いやいや、ほんとに人形だったんだって」
「あのね、そうじゃなくて、人形は信じる、だけど、そうじゃなくてね、私は、流産じゃないと思うの」
「…、」
「たぶん、産まれてたんじゃないかな、て思う。流産してたら、形がわからないじゃない?たぶん、ちっちゃい赤ちゃんが、何か病気したとかで、それで」
咲子はここまで言うと黙った。僕は大きく息を吐き出した。それ想像しながら、昼間の地下鉄での光景を蘇らせていた。
「受け入れるのは、難しいだろうね」
僕はぼそっと口にして、一日一本にしている缶ビールが空になったのを振って確かめていた。
「もう一本飲む?」
咲子が立ち上がる。
「え、いいの?」
「いいよ、外で呑んで来られるより、全然…、」
冷蔵庫から取り出したばかりの、冷えたビールがテーブルに置かれる。
「どんな気持ちがするんだろうか、子ども、ちっちゃい子ども死んじゃったら、耐えるとか、耐えないとか、そんな問題じゃなくて、だから、事実を受け入れてないってことだろうか」
僕は中々新しい缶の蓋を開けないまま、口にしていた。
「ほんとは、知ってるんだよね、きっと」
咲子が言う。僕は彼女を見つめた。
「ほんとは、分かってて、心の奥じゃ知ってるけど、だけど知ってるって認めたら、それでほんとになっちゃう、みたいな、」
僕がじっと見つめていたせいか、咲子は照れたように小さく笑うと、
「よく、わからないよね、」
と言った。
「いや、知ってるけど、知らない、」
僕が自問するみたいに言いかけると、
「もういいんじゃない、」
彼女は話を打ち消した。
「明日も早いんでしょ、明日、プレゼンなんでしょ」
「そうそう」
僕はようやく空けた缶ビールを飲み始めた。
「大丈夫そう?」
「どうだろうね、元々そんなに勝ち目感じてやってたわけじゃないから…、」
「なんで、弱気」
「いや、そういう仕事もあるよ、形だけやるみたいなのも」
「でも毎晩遅かったから」
僕はここで無理に笑顔になって、
「そういうもんだからね、仕事は、大きな意思、まあそれって見えなくて、会社の意思決定みたいなもんだろうけど、それに自分の意思なぞっていって、そこに少しの創造力持つみたいな、そんな感じだから」
咲子は軽く首を傾げた。おそらく、あまり意味が分からないんだろう。だからと言って、聞きなおしてくることもないし、僕が、敢えて説明することもなかった。
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