巻ノ六十九 前田慶次その八
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「用意してくれたので」
「では、ですな」
「遠慮は無用」
ここでもこう言う慶次だった。
「ささ、召し上がられよ」
「それでは」
「お言葉に甘えまして」
十勇士達も応える、そしてだった。
彼等も幸村無論慶次も鯉の揚げたものに箸をつけた、そうしつつ慶次は話を戻した。
「それでなのですが」
「はい、柴田殿ですか」
「よい御仁でした」
懐かしむ目での言葉だった。
「実に」
「軍略と勇猛、そして武芸にですな」
「一本気で二心のない方で」
「信長公にも忠義一筋だったとか」
「左様でした、それがしもいつも殴られましたが」
当然悪戯の結果だ、とかくよく殴られたというのだ。
「いつもそれで終わり屈託なくです」
「前田殿にもよくして下さいましたか」
「左様でした、しかしこの世を去ったことは仕方のないこと」
秀吉に敗れ自ら腹を切って果てたことはというのだ。
「戦国の世での常、ですから」
「柴田殿が去ったことは」
「武士として見事なお最期とのこと、それでです」
「よいのですか」
「柴田殿は生真面目でしたがそこに傾奇を見ました」
北ノ庄城においてお市の方と共に腹を切り炎の中に消えたこのことがというのだ。
「ですから」
「よいですか」
「はい、実は太閤様も嫌いでないし」
「では」
「はい、その様に」
こう言うのだった。
「よいです」
「そうですか」
「はい、実はあの御仁とは織田家の頃共に遊んだこともよくありまして」
「前田殿とお若い頃より親しかったので」
「そのこともあり」
それでというのだ。
「それがし太閤様もです」
「お嫌いではないですか」
「そうなのです、まさか天下人になられるとは思いませんでしたが」
それでもというのだ。
「それも戦国の世ですな」
「力があればそれに相応しい座に就く」
「それが」
「では慶次殿は」
「ははは、わしは大不便者」
殊更に笑ってだ、慶次は幸村に答えた。
「今が丁度よいです」
「左様ですか」
「よく大名とか言いますな」
「そうした話を聞きます」
「大名なぞ、槍を振るうだけが能の者なぞ」
それではとだ、笑って言う慶次だった。
「大名には相応しいものではありませぬ」
「学問、茶にも長けていると聞いていますが」
「采配や政のことには興味がありませぬ故」
「大名にはですか」
「なりませぬ、そうしたものには全くです」
「興味が、ですか」
「地位なぞ傾奇者には無用」
「ではこのままで」
「充分でござる」
あくまでこう言うのだった。
「銭はあるだけで」
「傾けるだけで」
「左様、不便に生きて」
「不便にですか」
「死にまする」
「左様ですか」
「傾き続け」
そうしてというのだ。
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