巻ノ六十九 前田慶次その五
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服は黒い上着に虎の毛皮を羽織り袴は赤い、その誰もが目を留めずにはいられない派手な身なりで座っていてだ。
部屋に入って来た一同にだ、煙管を片手に言ってきた。
「よく来られた」
「お招きに応じ」
「ははは、堅苦しいことは抜きでな」
「そのうえで」
「話をしよう、さて」
ここでだ、慶次は。
遊女達に顔を向けてだ、こう言った。
「悪いが暫しな」
「はい、では」
「わちき共は」
「少し休んでいてくれ」
こう言うのだった。
「少しこの方々と話がしたい」
「じゃあ酒と馳走を持ってきますので」
「そちらを楽しみつつ」
「頼む、馳走はな」
慶次は遊女達にこちらのことも話した。
「鯉がよいな」
「鯉ですか」
「それをですか」
「でかい鯉を油で揚げてじゃ」
そしてというのだ。
「持って来てくれ」
「わかりました、では」
「そちらを」
「うむ、ではな」
こうした話をしてだった、そのうえで。
慶次は遊女達を下がらせた、するとだった。
すぐにだ、慶次は上座だった己が座っていた場所から退いてだ、幸村の前に進み出てだ。深々と頭を下げて言った。
「まずは非礼深くお詫びし申す」
「二階から声をかけられたことを」
「そして上座で応対したことを」
このこともというのだ。
「深くお詫びします」
「いやいや、それは」
「そうもいきませぬ、これはわしの非礼」
だからこそというのだ。
「お詫び致します」
「そうですか」
「はい、まことに」
「わかり申した、ではお顔を上げられて」
幸村は慶次に穏やかな声で応えて言った。
「これより」
「共にですか」
「楽しみましょうぞ」
「そう言って頂き何より、では」
「はい、酒ですな」
「それにです」
「先程言われていましたが」
幸村は顔を上げた慶次にあらためて問うた。
「鯉を」
「はい、揚げたものがありまして」
「それをこれよりですか」
「共に食しましょうぞ」
「鯉を揚げるとは」
この食い方についてだ、幸村は目を丸くさせていた。それは十勇士達も同じでそれぞれこう言ったのだった。
「鍋ではないのか」
「焼くのではないのか」
「そして煮るのでもない」
「ましてや刺身にもしない」
「揚げるとは」
「これはまた」
「新鮮な魚は刺身すれば実に美味い」
慶次もこう言う。
「それは確かにされど」
「はい、どうしてもです」
幸村はその慶次に応えた。
「虫が気になりまする」
「川魚の虫は厄介でござる」
「だから刺身は美味でも」
「わしは食いませぬ」
「それがしもです」
幸村も応えて言う。
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