巻ノ六十九 前田慶次その二
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「あ奴は目立つ」
「お会いしたことはないですが」
「そうか、ではな」
「お会いすればですか」
「そうしてみよ」
こう幸村に言うのだった。
「無礼があればわしに言ってな」
「前田殿にですか」
「わしがしこたま殴っておく」
若し慶次に非礼があればというのだ。
「だからな」
「安心せよと」
「そうじゃ」
例え慶次が無礼を働いてもというのである。
「よいな」
「それは」
「よい、あ奴はわしの甥じゃ」
「それ故に」
「あ奴とは叔父と甥じゃが歳が近くてな」
慶次は前田の長兄の子である、だが実は彼は養子で元々は滝川家後に織田家の重臣となる家の者だったのだ。
それでだ、直系の者の中で最も優れた前田が兄の跡を継ぐ様に信長に言われて彼が前田家の主となったのだ。長兄と彼は元々歳が離れていて甥である慶次ともだ。
「若い頃はよくな」
「喧嘩をですか」
「殴り合いをしたものじゃ」
「それはつい最近まででした」
奥村が苦笑いで幸村に話した。
「お二人は顔を会わせれば」
「そうなのですか」
「家の者はいつも困っていました」
「あ奴は拳でしかわからぬ」
これが前田の言葉だ。
「だからいつも殴っておったのじゃ」
「そうでしたか」
「そしてあ奴もじゃ」
慶次もというのだ。
「常にな」
「殴り返してきて」
「いつも殴り合いになっていた」
「これが万石持ちになってからもで」
また奥村が苦笑いで言う。
「いつも困っていました」
「そうでしたか」
「奥方様でないと」
前田の正室であるまつだ、夫を支える良妻で度胸のある性格で知られている。
「お二人を止められず」
「まつには苦労をかけたな」
前田も笑って奥村に応える。
「その都度」
「しかもしょっちゅうでしたし」
「あ奴は政はせぬし町に出れば酒か喧嘩か遊郭じゃぞ」
「そして悪戯もですな」
「幼い頃からそうでな」
まさにというのだ。
「悪童のままで」
「殿もそれに応えられて」
「殴っておったのじゃ」
「槍の又左の御名そのままに」
「ふん、今は傾いておらぬが」
それでもというのだ。
「腕も力も肝も衰えておらぬ」
「全く、殿も困ります」
「何が困る」
「ですから大名ですから」
その大名がというのだ。
「軽挙なことは」
「ふん、だから何度も言うがじゃ」
「拳でないとですか」
「あ奴はわからぬからな」
何度も言う前田だった、だがだった。
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