第2章 魔女のオペレッタ 2024/08
17話 居場所という詭弁
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リは確かに備えている。そしてその精度たるや、俺でさえ認めるほどの確実性を秘めているのだ。
どこまで事実に迫れていたかは棚上げするにしても、こうして姿を現した以上、ヒヨリは直感的にであれ俺の行動をある程度看破していた証拠であろう。
「……散歩」
「だったら、私も一緒に行く」
「駄目だ。寝てろ」
これから先は、ヒヨリには見せたくない。
俺が誰かを殺す場面など、とくに見せられるものではないのだから。
「どうして一緒に行っちゃダメなの?」
「………たかが散歩に大袈裟だろう」
本来であれば、ヒヨリはこの時点で退いてくれていた。
長い付き合いだからこそ、ヒヨリは俺に遠慮なく踏み込んでくる。だからこそ俺の中にある《踏み込まれたくない一線》を誰よりも見極めているし、それを察したらヒヨリは大人しく引き下がるのがこれまでの常だった。
なのに、どうしてか今回は様子が違った。
「また、危ないところに行くのに、私に頼ってくれないの?」
「………………何を言っているのか分からない。もう寝たらどうだ?」
交わす言葉が、怖かった。
ヒヨリの紡ぐ声に含まれる、確信に満ちた言葉が、堪らなく怖かった。
本当に俺は、ヒヨリに何も知られていないのか。隠し通せているのか。
これまでの日々を遣り過ごしてきたという認識が根本的に揺らぎ、音をたてて軋んだ気がした。
「燐ちゃんのうそつき」
そして、たった一言。ポツリと告げて、歩み寄る。
余りある衝撃と、重圧に満ちた後味に満ちた声は脳裏に焼き付いて、粘性を伴ってこびりつく。
逃げ出したいくらいに怖かった。
でも、距離を狭めてくるヒヨリから逃れるほどに、俺のアバターは動作を起こすことが出来なかった。
このままでは、辛くなる。
ここに戻ってこれなくなるかもしれない行き先へ赴く足取りが、重くなる。
このままでは、恋しくなる。
この空間、ささやかな温かさに満ちた場所と決別する決意が、揺らいでしまう。
――――このままでは、せっかく固めた《死ぬ覚悟》さえ、呆気なく瓦解してしまうではないか。
「ほら、やっぱり震えてる」
さも当たり前のように、抱きしめられる。
硬直していたアバターを慈しむように、ヒヨリの手が何度も後頭部を撫でた。
「どうして私を頼ってくれないの? 私って、そんなに役立たずなの?」
「………違う」
狭窄した喉笛から、辛うじて否定を呟く。
心なしか、髪を撫でていたヒヨリの手はコートの襟を絞るように握りしめられていた。
声も震えて、湿っぽくて、これではまるで………
「じゃあ、頼ってよ………」
小さく、蚊の鳴くような声。
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