暁 〜小説投稿サイト〜
逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 34
[3/6]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
や背中を突き飛ばしたり。
 私の髪を(むし)り取ったり、千切ったり、ナイフで切り裂いたり。
 生塵(なまごみ)や家畜の糞尿を私の頭に被せながら、楽しそうに笑うのだろうか。

(……それは……嫌だな……)

 もう、すっかり慣れていた筈なのに。
 一時(いっとき)でも温もりをくれたハウィスさんには。
 ハウィスさんにだけは、そうされたくないと思ってしまった。
 せめてあと少し、太陽が目を覚ましてる間だけでも離さないで欲しい……

 なんて。
 帰る場所を持たない自分には、贅沢すぎる欲望か。

「…………ええ」
「!」

 指先が離れた。
 やっぱり、と手のひらを撫でる冷たい風にちくっと心臓を刺された瞬間。
 ほのかなミントの香りが、鼻の奥をふんわり優しく(くすぐ)った。
 柔らかな熱と感触が、強ばった体を包み込む。

「きっと、仲良くなれるわ。貴女がアルフィンの手を取ってくれるなら……私も……すごく、すごく嬉しい……」

 背中に回された腕の力が強くて、ちょっとだけ息苦しい。
 でも、本当に苦しいのは呼吸じゃない。

「……はい」

 お父さんとお母さんが(とこ)()せた直後。
 自分の身に覚えがない過去で、存在を否定されていると気付いた当初は、誰かの笑い声を聞くたびに心臓が冷たくなって、痛かった。苦しかった。
 だから、胸の奥が悲鳴を上げるのは悲しくて寂しい時だけだと思ってた。
 けど。

(……嬉しくても、苦しくなるんだ)

 優しい人がいる。熱を分けてくれる人がいる。
 失くしたくないと感じるものに出会ってしまった今、この瞬間の。
 なんという幸福。なんという恐怖。
 たった一人で波打ち際に立ち尽くしているあの子は、心を溶かす温もりがこの世界にはあるんだと、知っているのだろうか。

(仲良く……なりたいな)

 手を繋いで笑い合えたら。
 お人形みたいに可愛いあの子はきっと、今よりもっとずっと可愛くなる。
 寂しそうな背中も、見えなくなるよね?

「……アルフィン」

 ハウィスさんと並んで、アルフィンの後ろに立つ。
 ゆっくり振り向いた色違いの虹彩が私を見上げ、こてんと傾いた。

「私の名前はミートリッテ。これからハウィスさんの家でお世話になるの。ねえ……私と、友達になって……くれる?」

 突然の申し出に、アルフィンはきょとんと瞬き

「……はい。よろしくお願いします」

 大人もびっくりの綺麗な姿勢で、頭を下げた。
 再び持ち上がった顔は無表情だけど。
 よぉーく見ると、白い頬にうーっすら赤い色が付いている。

(やっぱり。すごく、可愛い)

 寂しげに一人で佇む、私とそっくりな境遇の女の子。


[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2025 肥前のポチ