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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百九十一話 ワイングラス
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す」
私の問いかけに司令長官は無表情になった。そして私と目を合わせることなく話し始めた。

「彼らは宮中で起きた誘拐事件、クーデター事件に関与しています。あの事件には内務、宮内、そして近衛が関与しました。何人もの人間が死んでいるんです」
「……」

「近衛兵総監ラムスドルフ上級大将が自殺、ノイケルン宮内尚書も自ら死を選びました。ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯も御息女を奪われて心ならずも反乱に踏み切った。誘拐された二人は陛下の御血筋の方です」
「心ならずも?」

私の問いかけが思いがけないものだったのだろう。司令長官は一瞬驚いたような表情で私を見た。そして思い出したように一つ頷いた。

「ああ、男爵夫人は知らないのですね。彼らは本当は反乱など起したくなかったんです、勝ち目がありませんから。ですが例の誘拐事件で反乱を起さざるを得なかった」
「……」

「その全てにあの二人は関わっている、内務省、宮内省と組んで混乱を大きくし、それに乗じて帝国の権力を握ろうとした。その全てがローエングラム伯のためです」

「……」
「ローエングラム伯の望みは第二のルドルフ大帝になる事、そしてグリューネワルト伯爵夫人を取り戻す事……。そのために彼らは今回の陰謀に加担した。そういう意味では伯爵夫人は無関係ではない。むしろ彼女から全てが始まったとも言える……」
最後は極めて事務的な口調になった。冷たく何の感情も感じ取れない……。

司令長官がワイングラスを指で撫でている、そして指で強く押した。ワイングラスが倒れその衝撃で乾いた音をたてて転がった。

「美しく、硬く、そして脆い。柔軟さなど何処にも無い。扱いには注意しないとあっという間に砕けてしまう……。不便ですね、面倒でもある。私はもっと丈夫で壊れにくいマグカップのほうが好きです」

司令長官はじっと転がっているワイングラスを見ている。いや見据えている。そして席を立って歩き始めた。
「もうこの辺で良いでしょう、私は一度自室に戻ります、準備が出来たら呼んで下さい」

決して強い口調ではなかった。しかしこれ以上の質問を許さない声、人の上に立つことの出来る人間だけが出せる声だった。

リューネブルク中将が後を追おうと席を立つ。そして同じように席を立とうとしたフィッツシモンズ中佐を首を振って止めた。一瞬二人は見詰め合ったが、中佐は肩を落とし大人しく席に座りリューネブルク中将が司令長官の後を追った。

フィッツシモンズ中佐が立ち去る司令長官を見ている。そして一瞬強い視線で私を睨んだ後、溜息をついてワイングラスを見た。中佐には悪い事をしたと思う、それでも止められなかった……。

美しいグラスだと思う、普段ならその美しさに心が和むはずだ。でも今は無性に遣る瀬無い想いだけが募った。
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