外伝
第裏幕『The.day.of.Felix』
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の声音を持つ人間って本当にいるんだなと思い、老人は自らの名を、凱は自らの生名を互いに告げた。
「マスハス=ローダンド」
「獅子王凱」
この瞬間、ほんのわずかだが、凱の運命の歯車が回り始めてしまった。
――※――※――※――
フェリックス=アーロン=テナルディエは、父から語られた昔話を思い出していた。
「……弓……」
誰もいない執務室で、一人彼はぼやく。
今でこそ侯爵家の当主だが、その昔話を聞かされたのは数十年前にさかのぼる。
当時の父の容姿や表情、あの口からでた台詞や動きまできめ細かく、そして明確に覚えている。なぜなら、彼の父が話した内容はそれほどまでに衝撃的な内容だったからだ。
自分とは対照的に痩せ細った身体からは想像できない、引き寄せる重圧と押し放つ威圧を息子に感じさせた。それは、父の存在自体がいかに大きいものかを認識させた。
――フェリックス、『弓』をどう思う?――
呼ばれたかと思いきや、いきなりそのようなことを聞く父に、息子は眉間を無意識に寄せた。もともと弓はブリューヌにとって軽視されている、臆病者の固定名詞である。二人きりの空間でなければ、このような質問などできはしない。一瞬不機嫌になりながらも、フェリックスは実直に考えを述べる。
――弓は、白刃の前にその身をさらすことのできない、勇気を持たない臆病者の武器と存じます――
正直、フェリックスは弓を軽視どころか嫌悪していた。惰弱で臆病で無能のカタマリが具現化したかのような武器が忌々しくてたまらなかった。
――勇気を持たない……か。それも一つの可能性なのかもしれんな――
父は、何か物思いにふけるとき、必ずといっていいほど顔を見上げ、指を折って天井のシミを数える仕草をする。
――可能性?――
フェリックスは、父のこういう所が理解しがたいところだと思っている。だが、この常人には理解しえない超常の頭脳が、強大な富と力という実績を収めたのだ。その結果だけは認めざるを得ない。
――わしは、弓に無限の可能性があると思っている。何故だと思う?――
当然、目の前の息子にはこたえられるはずもなく、それを分かっていてか、父はなおも言葉をつづける。
――では質問を変えよう。弓の利点は何だと思う?――
惰弱な武器の利点など考えたくない。そう思う息子だったが、冷静に答えた。
――間合いが遠い……でしょうか?――
そう答えると、父は見上げていた顔をゆっくりおろし、今度は地面をじっと見つめ始めた。
――間合い、それこそが弓の最大の特性なのだ――
――わしは、弓のその可能性を見届けたく、今まで延命してきたのだが、もしかしたら間に合わんかもしれんな
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