ブリューヌ激動編
第3話『約束の為に〜ティッタの小さな願い』
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一個師団並み(歩兵一万〜三万)の戦力を持つと、凱は誰かに例えられたことがある。敵軍の先頭と、アルサスの郊外で相対すれば、撃退すればいいかもしれない。だが、圧倒的な力で勝てばいいかと言えば、そうはいかない。人の心理は、行動は、時として常識と思考を超越する。
昔の人間はこういう言葉を残した「過ぎたる力は及ばざるがごとし」と――
少ない戦力で大きな戦力を破れば、当然、関係勢力は必要以上に警戒する。権力者はこう思うだろう。いつか付け入ってくるのかもしれないと。
そう思ったとき、昨日マスハス卿から聞いた――ディナントの戦い――の詳細を思い出した。
自国は二万五千。敵は半数以下の五千。
アルサスは位置の関係上、ライトメリッツと国境を接している。寸土とはいえ、戦略観点からして見逃せない点だ。
ブリューヌに油断があったとはいえ、たった五千の軍勢で五倍の兵力を一夜に壊走させた戦姫がいる。警戒し、しすぎることは決してない。無人の荒野を出現させて、戦意を挫く戦略。
力のあるものは相応の責務を果たす為に、国の「末端」より「中心」の存続を第一に考えて行動しなければならない。
もし、テナルディエ軍がアルサスを焼き払う遠因がそこにあるならば、まさに「過ぎたる力は何処までも及んでいく」ことを裏付けている。
両国の治水問題の言い争いから始まった火種は、様々な思惑という可燃物を得て、今まさに、アルサスという辺境の土地まで燃え広がろうとしている。
凱が直接手を貸すことで、同じように戦火が拡大していくのではないか?周辺を巻き込み、大陸を燃えカスで埋め尽くすことになるのではないか?
「もし、ご主人様が戻ってこなかったら……その」
凱が気まずそうに、ティッタに問う。
自分でもわかっている。健気な少女の心を揺さぶる質問をするのは、卑怯以外の何物でもない。それでも、聞いておかなくてはならない。ティッタにここで生命を落としてほしくないから。
もし、敵国の捕虜になって、現地の妻をめとったとしても――
もし、奴隷制度の国に売り飛ばされたとしても――
生きてさえいればあの山に夕日が沈んでいく様を見ながら、またいつか会えるという希望はある。生命を落とせば、その小さな願いさえも完全に断たれる。
別れは誰にだって悲しい。
凱には、ティッタがどれほどアルサスに、いや、今だ遠い国に捕まっているティグルヴルムド=ヴォルンに想いを馳せているかは分からない。でも……いや……だからこそ、この小さな侍女の生を望むのだ。
もう、留守を預かる生活が何日も続いている。身代金の要求期日を含む40日の前日。しかもちょうど、テナルディエ軍がアルサスに到着する。残された一日を終えてしまうのは、怖い。
絶望。脳裏に浮かんだ言葉がそれだった。
いつの時代でも権力者は、地図の上を、絶望と希望の色を何
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