巻ノ六十 伊達政宗その三
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「もう既に来られていますが」
「それでもか」
「ここで着替えをしてくると言われ」
「実際にか」
「着替えておられます」
政宗はというのだ。
「それで遅れています」
「ほう、そうか」
そう聞いてだ、秀吉は笑ってまた言った。
「それは楽しみであるな」
「楽しみですか」
「うむ」
実にという言葉だった。
「伊達政宗は傾奇者、それ故にじゃな」
「傾くと」
「だからな」
それでというのだ。
「ここは思いきり傾くつもりじゃな」
「傾きますか」
父によく似た流麗な、しかし実はそれだけでしかない顔である信雄が言ってきた。彼は織田家の者として言った。
「織田家の者と同じく」
「茶筅殿も思い出すな」
「はい」
かつての家臣の上からの言葉に反発を覚えつつも頷く。
「それは」
「織田家は傾奇の家」
「それ故に」
「それを見ることも多かった」
それ故にという言葉だった。
「伊達政宗もそうしてくるな」
「ではどうされると」
家康は秀吉に彼と信雄の間のことはあえて無視して問うた。
「関白様は思われますか」
「ここは死に場所だからな」
政宗にとってはというのだ。
「それかのう」
「といいますと」
「まあ今は言うまい」
ここからはあえて言わない秀吉だった。
「ではな」
「これよりですか」
「会うとしよう、連れて来るのじゃ」
こう言ってだ、そしてだった。
秀吉は政宗を片倉、成実と共に案内させた。そうして。
その政宗が来た、その彼の姿を見てだった。
秀長も家康も息を呑んだ、傾きに慣れている筈の信雄もそうなりかけた。何とこの時の政宗の格好はというと。
死装束だった、伊達家の水色ではなくだ。白いそれだった。
その身なりで胸を張って本陣の中に入りそしてだった。
無言で秀吉の前に膝を屈する、その政宗にだ。
秀吉はにこやかに笑ってだ、こう言ったのだった。
「立つがいい」
「はい」
「よく来た」
次にこの言葉をかけたのだった。
「待っておったぞ、しかし待ち過ぎてじゃ」
「それで、でありますか」
政宗は立ちながら秀吉に応えた。
「関白様は」
「痺れを切らすところじゃった」
「お待たせして申し訳ありません」
「よいよい、しかし見れば見る程格好がよい」
己の前に立つ政宗を見ての言葉だ。
「傾奇者よの、そしてな」
「そしてですか」
「御主の名がそのまま格好よさじゃ」
「それになると」
「うむ、男伊達じゃ」
秀吉はこうも言った。
「それじゃな、よい格好よさじゃ」
「お褒め頂き何よりです」
「御主の様な者に刃を向けずに済んでよかった」
秀吉はさらに言う。
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