第1話 想い人との別れ
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――馬車に向かって一気に襲い掛かってくる。
(いかんッ!)
デンホルムは咄嗟に進行方向を切り替え、直撃の回避を試みる。牙獣――ドスファンゴと呼ばれるその個体は、急激に進路を変えた馬車の挙動には付いていけず、体当たりをかわされてしまった。
だが、一本の角が馬車をかすめたことと――馬車自体が急激に進路を変えたことによる衝撃の余波で、車内は激しい揺れに襲われていた。
「きゃあぁああ!?」
「な、何事だデンホルムッ!?」
「クサンテ、危ないッ!」
しかも、反動で馬車のドアが開いてしまい――身を乗り出していた少女は、未だに疾走を続けている馬車の外へ、放り出されそうになっていた。
急転する事態に、アーサーと呼ばれた壮年の男が声を荒げ――僅か一瞬、目を離した隙に、少女の小さな身体が宙を舞う。
だが、アーサーの息子――アダルバートは、その一瞬を見逃さなかった。咄嗟に伸ばされた彼の手は、少女の手をしっかりと掴み――およそ子供のものとは思えぬほどの力を発揮し、馬車の中へと引き寄せるのだった。
――そう。その反動で、自分が馬車の外へと投げ出されるほどの。
「……ぁっ……!」
少女の目にスローモーションで映り込む、少年が落ちて行く光景は――彼女の視界に、深く焼き付いていく。絶対に忘れられぬ、絶望の象徴として。
「アッ、アダルバートォォオオォッ!」
「アダルバート坊っちゃまッ!?」
次いで、息子の転落に気づいたアーサーが声を上げ――ようやくドスファンゴから逃れたデンホルムも、馬車内の事態に意識を向けた。
――だが、全てが手遅れであった。
ドスファンゴの襲撃から逃れた一行は、騎士の血を引く少年――アダルバート・ルークルセイダーを犠牲に、生還を勝ち取ったのだから。
そして、その夜。
静寂に包まれた湖畔の滸にある、小さな宮殿の中で――デンホルムは、アーサーの前に平伏していた。
「申し訳、ありませんッ……アーサー様ぁ! このデンホルム・ファルガム、命を持って償いをッ……!」
「……よい。面をあげよ、デンホルム。姫様が無事だったことは不幸中の幸いだった。お前の咄嗟の機転がなければ、全員が死亡していたところだ」
「しかしっ、しかしィッ! 坊っちゃまが、アダルバート坊っちゃまがァアァアッ!」
「アダルバートは……我がルークルセイダー家の使命を――騎士の務めを、幼いながらも立派に果たしてくれた。命に代えてあの子を産んだ妻も、きっと喜んでいる」
その筋肉に溢れた体格に似合わない声色で泣きじゃくるデンホルムに対し、アーサーは鎮痛な面持ちを浮かべながらも――家臣である彼を懸命に励ましているようだった。
妻を失い、一人息子も失い、孤独となった彼は――息子を愛していた姫君のこと
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