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平成ライダーの世界
第十五章
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辛いものもありました。彼はその中で人を知りその温かさを知っていきます。
 その彼をいつも温かい目で見て優しく触れてくれたのがこの栗原母娘でした。何があっても信じてくれましたし待ってくれました。映画版の最初で相川はジョーカーの姿で封印されますがこの時に彼は天音の名前を呟いてそのうえで封印されています。映画版においては相川の天音を大事に思う気持ちと天音の相川を慕う気持ちが軸になっていました。人を大事に思えるのは人だからです。そうした意味で彼は既にジョーカーでありましたが人間だったのです。
 ここで龍騎の浅倉を見てみますと彼は完全に野獣であり人を大事に思うことはありません。ただ戦いだけを求める人の世界から完全に逸脱した存在でありある意味においてオルフェノクやアンデットよりも遥かに非人間的です。後述のワームやファンガイア達よりも遥かに非人間的であり獰猛な野獣でした。彼とジョーカーを見比べるとそれがよくわかります。
 彼はテレビ版の最終回では明らかに人間でした。そしてヒーローショーでは人間の身体のままでいられるようになりました。そこまで辿り着けたのは母娘の力も大きかったのです。彼等が意識していなくともです。
 剣においてスサノオの存在ははっきりとなりました。オルフェノクもバトルファイトも終わりました。しかしライダー達の戦いは終わらず続いていきます。剣崎達はバトルファイトの後もスサノオと終わりなき戦いを続けています。それは死ぬことを許されず永遠に戦うアンデットとある意味において同じです。ジョーカーは実は人間の世界においてのライダーではないでしょうか。人間として永遠にスサノオと戦う、それを考えますとジョーカーという存在は鏡合わせになったライダーでもあると考えられます。
 ここで平成ライダーの中で最も異彩を放つ響鬼についてお話させて頂きたいと思います。
 この作品世界は果たして仮面ライダーと言っていいものなのか、高寺成紀氏によれば六番目のライダーでありその為に仮面ライダーアマゾンの様なポジションであり平成ライダー世界においての鬼っ子であるらしいです。
 高寺プロデューサーは良し悪しは別にしまして自身の作品に非常に強い意識を持っている人でありクウガがアギトとリンクしているのかしていないのかという議論はこの人がクウガはクウガで終わらせたいと主張したからだとも言われています。ことの真偽はわかりませんがとにかく自身の作品について非常に強い意識を持っている人であることは間違いありません。
 その人が丹精込めて考えた響鬼の作品世界はまさに独特のものでした。魔化魅という所謂妖怪達と多くは山で戦う鬼です。その手には楽器があります。
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