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逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 30
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っと酷くなってたんじゃ……っ)

「マーシャル! 目を開けなさい、マーシャル!」

 クナートがマーシャルの左横で両膝を突き、軍服のポケットに入っていた様々な小道具を取り出して、怪我の処置を始める。
 ハウィスはマーシャルの右横に片膝を突き、眉も動かさないマーシャルの頬を数回、乱暴に叩いた。
 ミートリッテを囲む心配顔の騎士達が微動だにしないのは、イオーネ達の襲撃に備えて周辺の警戒を続ける為か。

「君も、河に落ちたようだな。怪我は?」

 マーシャルの傍を離れたベルヘンス卿が、想像を絶する惨事を目の当たりにして動けなくなったミートリッテの隣に立ち、蒼白い顔を覗く。

「私も無い、です。……昼間、置き去りにしてすみませんでした」

 きっと大丈夫だと、思ってた。
 しかし、いざ改めて無事な姿を見ると、『良かった』と『申し訳ない』が同じだけ溢れて、接し方に戸惑う。
 自分達を襲った斧の持ち主が暗殺者だと知った後で、化け物染みた強さのマーシャルが死にかけている姿を直視してしまっては、尚更だ。

「……数刻の間に、ずいぶんしおらしくなったな。ま、自らの意思で反省に至ってくれたんなら構わないさ。ああ、そうだ。あの食料は、リアメルティ伯爵宅の玄関先に届けておいたから、君達自身で食べてくれ。君に貰ったと報告しようものなら、我が主サマが不機嫌になるのは目に見えてるし、俺は受け取れない。君が関係者全員に手料理を振る舞ってくれるって言うなら、話は別だけどね」

 目を合わせようとせずに肩を震わせるミートリッテの頭をぽんぽん叩き、薄茶色の目がアーチ状に細まった。
 思いやりに満ちたその仕草が、逆に怪盗の心臓を締めつける。
 彼もマーシャルと同じ……自分のせいで殺されていたかも知れないのに。

(ここで私が謝ったとしてもどうにもならない。土下座して、泣き喚いて、赦しを願って……それで、マーシャルさんが助かる? 違うでしょう?)

 拳を強く握り、ぐっと奥歯を噛みしめて。
 ベルヘンス卿を正面に見据える。

(現状理解だ。ぼけっとしてる場合じゃない。頭を働かせろ。情報を集めて考えるんだ。私は今、誰に何を求められていて、これから何をするべきか。考えろ!)

 突然目の色を変えて向き合ったミートリッテに首を傾げ。
 何かを感じ取ったらしい青年も、静かに見つめ返した。

「関係者って、何十人居るんですか? 私、未だに何がどうなってるのか、さっぱり解らないんですが」
「悪いけど俺も具体的な人数は把握してない。仮に知ってても、情報開示の許可が下りなければ答えられないよ。現時点で、君に教えられることがあるとしたら……そうだな。リアメルティ伯爵宅内で君を眠らせたのは、そこにずらっと並んでる奴らだ。とか?」
「へ?」

 
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