親愛と定めに抗いて
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っていたと言った方がいい。彼女は劉璋を侮っていた。
目の前に広がる報告の書簡の数々には頭を抱えるしかない。益州北部に移動した間もなく始まったこの状況は、文官達の信頼も何もゼロに等しい桃香達にとっては最悪の事態だった。
「……どうするんスか朱里。指咥えて見てるわけにはいかねースよ?」
「そうだね」
目の前で黙々と書簡に字を書き連ねている少女――朱里に向かって声を投げてみるも、返って来るのは生返事だけ。まるで興味が無いとでも言いたげなその態度に、藍々の眉間の皺が深くなる。
「蓄えていた糧食を民に配るのも限界があるッス。今年の収穫も畑を燃やされたせいで見込めない、高まり始めていた信頼も早急な結果で示さないと地に落ちる……劉璋は悪と民が認識したのは良かったですけど、このままじゃあ先の戦なんか勝てやしないッスよ」
「そうだね」
ぴたり、と筆が止まる。
灼眼がゆっくりと藍々の眼を捉え、口元は僅かに微笑んでいた。
粟立つ肌はその不気味さに。軍の窮地であっても変わらないその妖艶さが、もう居ない悪龍のようで恐怖を覚えた。
「慌てても仕方ないよ藍々ちゃん。撒かれた種はいつか芽吹くモノ……この国に来てから私達が行ってきた政策は決して無駄じゃない。
一つ一つと繋げてきた絆は既に民に浸透し、各村々でも希望を持たせてあるから。そういう点で言えば……今回の騒動は私達にとっての追い風にもなる」
おぼろげな回答を得て瞬時に思考を回す。
「追い風……? 今回の食糧危機がッスか?」
「うん。食糧が少なくなるからこそ……私達は大きな力を得られるんだよ」
口の中で反芻してみるも答えは出ない。朱里に見えるモノが藍々には見えないのだ。
未だに戦乱の世に浸り切っていない彼女にとって、戦事は今回が初めて。机上で唱えてきた論理は幾つもあれど、彼女の頭の中だけで世界が完結しているはずもない。
一呼吸の間を置いて朱里が微笑みを深くした。
「苦しくて、つらくて、悲しくて、恐くて……それでも生きたいって願ってしまうのが人。黄巾の乱だけじゃない、もっとそれ以前から人は争いが起こる度に哀しみを背負ってきた」
机を並べて勉強してきた歴史を紐解けば分かる程度の事実は、乱世の最中に居ることでより現実感を持って押し寄せる。
朱里の言わんとしていることはまだ分からない。そのまま彼女の灼眼の冷たさに引き込まれてしまいそうだった。
「偉くなればなる程に皆が見落として行く。一つ一つっていう数でしか数えられなくなる。其処に何があるか、誰が居るかも知ろうともしないで」
自嘲気味に語るのは軍師の冷たき論理か、はたまた為政者の厳しき理論か。きっとどちらもであろう。
己が行いによって人が死に行くとしても、軍師や政治屋は人を単位
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