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逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 28
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 指先が跳ねるばかりで、体は言うことを聞かない。

「落ち着いて。大丈夫、呼吸を合わせて」
「…………っ」

 アーレストの両腕が、ミートリッテの脇腹から背中へ通り。
 体と腕で包み込むようにして、上半身を軽く圧迫する。
 何をしやがる離せ変態!
 と、(ののし)る余裕もなく、されるがままでいると。
 自分の物とは違う鼓動が、少しずつ体に伝わって来た。

(……あったかい……)

 ズレていたアーレストとミートリッテの鼓動が重なっていく。
 それに合わせるように、徐々に震えが治まり、脂汗も引いていく。
 干したての布団を連想させる温もりと安心感で、喉に詰まっていた呼吸が安堵の吐息に変わった。

「軽い動揺が残ってるわね。怖かった?」
「あの高さから、後ろ向きでいきなり落下させられてなお、得意気に笑える極太神経はありません。くそぅ……せっかく生き残ったのに、ドボーンした瞬間以降の記憶が無いなんて! 勿体ない!」

 伸ばした足の延長線上、大きな河を挟んで対岸に(そび)える絶壁を睨みつつ、口惜しさで奥歯を噛み締め、拳を握ると。
 アーレストが耳元で盛大に噴き出した。

「十分図太いわよ、神経」
「曲がりなりにも一応は女相手に図太いとは失礼な! それより、さっきの『解放』ってどういう意味ですか? 単に誰かを落として「はい終わり」な演出がしたいだけなら、崖に(こだわ)る必要はまったくないですよね?」
「ええ、そうね……正直、崖以外の高い場所であっても、果たされる役割に大きな差は無いと思うわ。でも、崖先へと続く道は通常、自然界の領域で、人間世界ではありえない予測不可能な危険がたくさん待ち構えてるでしょ。そんな登り道を、落下する人物の半生に置き換えてみた場合はどうかしら。同族愛を旨とする排他的社会の掟とは違う、一種族だけでは手の打ちようが無い要素が絡む分、崖のほうが、生の複雑さや厄介さの表現に、より深みと説得力を感じられるんじゃない?
 崖って要は、様々な理由で瀬戸際へ追い詰められた人物達の精神や未来に大きな変化をもたらす場所……記号なのよ。(しがらみ)に囚われた人物が『さあ、ここからどうする?』と、人生の選択肢を突きつけられてるワケ。
 観客は答えを選ぶ瞬間の人物に自身を重ねて興奮状態となり、結果として臨場感を得ているの。
 で、作品の多くは崖から落ちた時点で終わり、人物は過去(しがらみ)を断ち切ったと言えるから、即ち『解放』だと解釈したのよ。作品の傾向や展開によっては『現実逃避』になるけどね」

 と、姿勢を変えないまま、くすくす笑う神父。

「ふぅ…… ……ん?」

 なるほど。
 舞台劇とは単純に誰が・いつ・どこで・何を・どうした、それで終わりか良かったね、で片付けられる
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