第八章
[8]前話
「これでね」
「それであっちで、ですか」
「太宰君達とまた飲もうかな」
こんなことを言った、だが。
それから十年経ってだ、石川はすっかり白くなった自分の髪を触りながらそのうえで自宅で編集者にあの時と同じ様に話した。
「まだだよ」
「壇さんが亡くなられましたが」
「僕はまだいるね、因果だね」
「因果ですか」
「太く短く、無頼にと思っていたら」
それがというのだ。
「こうして今も生きている」
「そのことがですか」
「人間はわからないよ」
「そこまで言われますか」
「うん、本当にね」
どうにもと言うのだった。
「世の中はわからないよ、一人になって」
「それから十年」
「太く短くと思っていたらここまで生きている」
「それが、ですね」
「わからないよ、全く」
「先生お一人が」
「ここまで長く生きている、どうしてかね」
自問している言葉だった。
「これは」
「他の人達を想えということでしょうか」
「それでかな」
「はい、それでではないでしょうか」
「そうなのかな、じゃあ死ぬまでね」
それまではとだ、石川は編集者に微笑んで話した。
「皆のことを想うよ」
「それでは」
「最後に残ったなら」
それならばとだ、石川は編集者にこうも言った。
「先に去った皆のことを想うのも務めだろうしね」
「そうですね、最後なら」
「想うよ、会う時を楽しみにしながら」
こう言ってだ、石川は編集者と共に飲んだ。石川淳は昭和六十二年に去った、戦争が終わり四十二年が経ち最後の無頼派が去った。その時まで長いと言うべきか短いと言うべきか。無頼派の時代はそこまであったと言う者は少ないがこの時代にまで残っている者はいた、確かに。
最後の無頼派 完
2016・4・20
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