第三章
[8]前話
式は速やかに行われた、そして。
全てが終わった後でだ、信子は家族に言った。
「実はね」
「どうしたんだい?」
「前にお父さんが見えなくなったことがあったの」
このことを話すのだった。
「一瞬だけれど」
「その姿がかい?」
「そうなの」
こう母の富子に答えた。
「そうなったの」
「そうかい、それはね」
「前兆だったのね」
「そう思うよ、見えなくなったことはね」
「お父さんがこの世から去る」
「その前兆だったんだよ」
こう娘に答えるのだった。
「やっぱりね」
「そうよね」
「そう、魂がね」
「それが旅立つから」
「お父さんが見えなくなったんだよ」
「そういうことね」
「そう、けれどね」
富子は娘とその場にいる家族に話した。
「それでもお父さんは満足だったと思うよ」
「悔いはなかったっていうのね」
「穏やかな顔だったよね」
最後のその顔はというのだ。
「そうだったね」
「ええ、本当にね」
その顔を思い出しながらだ、信子は答えた。
「いい顔だったわ」
「すやすやと寝ている感じでね」
「ずっと長生き出来てよかったって言って」
「満足って言ってるわ」
「だからね」
「思い残すことはないのね」
「そうよ、だからお父さんが旅立ったことはね」
そのことはとだ、富子は義行の妻として言った。
「悲しまず、笑顔でね」
「送ればいいのね」
「だってあんなに満足してたから」
当の義行がというのだ。
「悲しまないでね」
「笑顔で、よね」
「いましょう、いいわね」
「そうね、それがいいわね」
信子は母のその言葉を聞いて頷いた、それは他の家族もだった。
そしてだ、こう母に答えたのだった。
「じゃあお父さんの遺影も仏壇もね」
「笑顔で見てね」
「お墓参りも」
「笑顔でしようね、あたしももうすぐだしね」
富子は微笑んだまま言った、そして信子は。
その母と他の家族と共にだった、父の遺影を見た。写真の中にいる父は実際に穏やかな笑みだった。l今度は姿を消すことはなくそこにいた。
見えなくなると 完
2016・2・13
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