35部分:第三十五首
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第三十五首
第三十五首 紀貫之
久し振りに会った人に言われたことは。これまた戯れのわざとらしいつれない返事だった。
たわむれなのはわかっているけれど。それでも少しむっとしたものを感じずにはいられなくて。その気持ちを歌で詠うことにした。戯れには戯れで返すのが礼儀だがここは一つ趣向を凝らして歌でということにしたのである。
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける
「その歌は一体?」
「故郷の梅の花は変わりません」
悪戯っぽく笑って言葉を返した。
「今年も今までと変わらず初々しい香りで私を懐かしく、優しく迎えてくれます」
「ふむ」
「花の心は変わりません」
その花のことを言ってから。
「けれど人の心は。本当に変わりやすいものですね」
「うっ、これは参りました」
自分の歌を聞いて言葉を詰まらせてしまって苦笑い。戯れには戯れで返してそれで終わらせた。たったそれだけのことだけれど。
それでも歌に託したこの気持ち。やはり残念なものもあった。
その気持ちを詠ったところでやっと落ち着いて。それでその人を見てみれば実に申し訳なさそうである。その申し訳なさそうな顔を見て気が晴れたかというとそうではなくこれでお互い様かしらと思い水に流すことにした。
後は二人で再会をあらためて楽しみ合いそうして杯を持って酒を飲む。再会の酒はやはり実に美味いものであった。梅の花も映っているその酒は。
第三十五首 完
2009・1・2
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