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百人一首
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第三十首

                第三十首  壬生忠岑
 分かれることになって。一晩あれこれと考えてもその考えがまとまらずにいて時間だけが過ぎていって。気付けばもう朝になっていた。
 暁の朝焼けを見つつ想うのはあの人のこと。あの人のことは瞼を開いても閉じても思い出される。まるで幻想のように。それでいてはっきりと。頭の中にも目の前にも浮かんでそこに現われるのだった。
 今この帰る道を歩きつつ。やはりあの人のことを想う。想えば想うだけ姿が現われて。そうして惑わせるかのようだった。
 もう朝なのにそれでも空にはまだ月が残っていて。その有明の月が今帰っていく自分を見送っていた。
 それがはじまりとなって暁の空を見るとついつい涙もろくなってしまった。
 朝が悲しい者に思えるようになってしまって。それがどうにも辛い。
 もう逢ってはくれないだろう。そのことだけはわかる。わかっていてもどうにもならないのだけれどそれでもこのことを考えずにはいられない。
 この辛く儚い気持ちが歌になって。不意に口から出て来た。

有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

 今この歌が口から出た。口から出た言葉はそのまま心に留まりさらに寂しさを深いものにさせていく。深い悲しみを己の心に感じつつ今は。ただあの人のことを想う。今日もその悲しいものを感じずにはいられない。その暁の空を見つつ想うのだった。あの人のことを。もう逢ってはくれないだろうあの人のことを。想いは消えない。


第三十首   完


                2008・12・28

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