第四章
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「ちょっとやってみたい」
「それは一体」
「その時になればわかる。そんな奴を置いておけばだ」
どうなるかというのだ。
「劇場にとってもよくはないからな」
「それはわかっているんですが」
「カモラでもマフィアでもだ」
どちらでもだ。そうした意味で変わりがないからだというのだ。
「許してはおけないからな」
「本当にどうするつもりですか?」
「だからその時にわかる」
微笑みだ。そのうえでだ。
シャリアピンはテノール歌手に答えたのだ。そうしてだ。
舞台に赴いた。その舞台ではだ。
彼は見事な、噂通りの歌を聴かせてみせた。それは歌を聴き慣れたナポリの観衆も唸らせるものだった。彼への拍手とアンコールが止まらなかった。
舞台自体は成功だった。しかしだ。
問題はそこからだった。テノール歌手はカーテンコールも終わった後でだ。心配する顔でだ。シャリアピンの横に来てこう囁いたのである。
「あの、さっきのお話ですが」
「そのカモラのことだね」
「はい、それでどうするんですか?」
「そのカモラの親分は来ているんだな」
「はい、来てましたよ」
実際に来ていたとだ。歌手はシャリアピンに答えた。
「ほら、ロイヤルボックスのうちの一つにいましたよね」
「ああ、何かいたな」
「あのやたら大きな身体で黒い服を着た」
「スカルピアみたいな男だな」
プッチーニのオペラ『トスカ』に出て来る警視総監だ。オペラ史に残る悪役である。
「あいつか」
「はい、あの人です」
「あの人と呼ぶこともないがな」
「とにかくです。あの人がこの辺りを取り仕切る神聖なママで」
カモラではドンのことをその神聖なママという呼び方で呼ぶのだ。カモラ独特の呼び名である。
「物凄く危険な人ですから」
「危険でも狂信的な革命家よりましだ」
シャリアピンは何気に自分の国のことを話した。
「レーニンやトロッキーよりはな」
「ああ、お国は大変ですね」
「あの連中は革命の為なら人の命なぞ何とも思わない」
実際にだ。ロシア革命では多くの人間が死んでいる。とロッキーに至っては革命派の軍隊、即ち赤軍の同志達でも少しでも役に立たないとみなすとその場で粛清する程だ。
その狂信的な彼等とただのやくざ者を比べればどうかとだ。シャリアピンは遠い目になって述べた。
「そんなのよりずっとましだよ」
「ましですか」
「じゃあその神聖なママか」
「はい、それがドンです」
「そのドンを連れて来てくれ」
「シャリアピンさんの前で、ですか」
「そのママとやらが二度とこの劇場に関われない様にしてやるよ」
屈託のなささえある余裕の笑みでだ。シャリアピンは答えた。
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