第一章
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舞台裏
フョードル=シャリアピンは苦労人だ。極貧の中から身を起こし一代のバス歌手にまでなった。
大柄な身体に見事な髭を持っている。威風堂々たる彼は容姿だけでなくその歌い方も見事だ。
それでだ。あちこちで引っ張りだこだった。
「今度はうちの劇場に来て下さい」
「いえ、うちの劇場に」
「ボリス=ゴドゥノフでお願いします」
「イーゴリ公はどうでしょうか」
演目についてもだ。色々言われる。そして今回は。
シャリアピンは己のマネージャーにだ。こう言ったのだった。
「イタリアに行きたいのだが」
「イタリアですか」
「そう、イタリアにね」
その国にだとだ。シャリアピンはマネージャーにその重低音で話す。
「あの国に行きたいんだよ」
「そしてそこで。ですね」
「歌いたい」
己の希望を述べる。
「是非共ね。ただね」
「ただ?」
「イタリアの何処になるかだけれど」
「今イタリアからはです」
どうかとだ。マネージャーはシャリアピンにこう述べたのだった。
「ナポリの劇場から話が来ています」
「ナポリかい」
「はい、そこです」
「ナポリ。いいな」
シャリアピンはナポリと聞いてだ。笑顔になった。そのうえでこう言ったのである。
「パスタの本場だったな」
「はい、パスタはナポリから生まれています」
「それに他の食べ物も美味しいらしいし」
「尚且つ気候が凄くいいですよ」
「だから是非行きたい」
シャリアピンは目を輝かせてマネージャーに述べた。
「そうしよう。是非共な」
「わかりました。ではその話で進めていきますので」
「頼んだよ。そうか、イタリアか」
期待する目になってだ。シャリアピンは述べていく。
「あの国は憧れだよ」
「ロシアから生まれた者にとってはですね」
「ロシアは寒い」
シャリアピンはよく知っていた。ロシアのその寒さを。
「そして空は鉛みたいだ」
「大地は雪に覆われていて」
「明るい太陽なんて滅多に出て来ない」
まさにそれがロシアだった。あるのは雪と氷だけなのだ。
だがそのロシアとは全く違いだ。イタリアはだというのだ。
「しかしあの国には太陽に青い空がある」
「そして豊富な美味しい食べ物も」
「夢みたいな話だよ」
そのロシア人にとってはだというのだ。
「本当にね。じゃあ行こうか」
「はい、それでは」
こう話してだった。シャリアピンはマネージャーと共にイタリアのナポリの歌劇場で歌うことを決めたのだった。そのナポリに入るとだ。
二人を早速明るい日差しが迎えた。港には青いサファイアの海がある。
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