第四章
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「あの人は」
「まあ歳考えたらな」
「有り得るよね」
「そうじゃないかも知れないけれどな」
それでもというのだった。
「そうかもな」
「どっちかはわからないね」
「けれどな」
それでもとだ、また言った彼だった。
「あの人相当苦労したのは確からしいな」
「満州とシベリアと警察で」
「身内の人にも先立たれてばっかりだっただろうし」
「長生きしていたら」
「奥さんにもだろ」
「そうだね」
「当然ご両親もな」
そして他の親しい肉親達にもだ。
「あとお友達にもな」
「皆だね」
「先に、だろうしな」
「それじゃあ」
「そうした悲しいこともあったろうし」
「辛いことも一杯あった人なんだね」
「そうだろうな」
彼はこう健一に話した、そして。
そのうえでだ、健一は老人と会った時にだった。何気なく尋ねた。
「お爺さん今幸せだよね」
「ああ」
にこりとしてだ、老人は彼の問いに答えた。
「凄く幸せじゃよ」
「そうなんだね」
「こうして暮らせるだけでな」
「何も覚えていなくても」
「ああ、それでもな」
今もこう答えるのだった。
「歩けて見えて喋れて聞こえてな」
「御飯を食べられて」
「それで充分じゃ」
「そうなんだね」
「わしは本当に幸せ者じゃよ」
こう健一に言うのだった、健一はその言葉に静かに頷いた。二人はゆっくりと暖かい日差しが照らす道を歩いた。老人はその明るい道をにこにことして歩いていた。何の憂いもなく。
何も覚えていなくても 完
2016・2・22
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