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剣の丘に花は咲く 
第四章 誓約の水精霊
幕間 傷跡
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両手に持つ剣で受け、時に逸らし、躱していく。未だ一撃も身体に当たらないが、腕が振るわれる度に少しずつ士郎の身体に傷が刻まれる。異常な速さで振るわれる拳は空を裂き、発生したカマイタチが紙一重で避ける士郎の身体を少しずつ削っていく。音を越える速度で動くユキの動きは、もはや食屍鬼とは言えない。時間が経つにつれ、士郎の顔に焦りの色が帯びる。

「ユキっやめろ! 一体どうしたっ! 一体何があったっ! ユキッ!」
「……」

 必死にユキに呼びかける士郎の声に、ユキは顔を微動だに動かすことなく淡々と腕を振るう。いくら呼び掛けても全く変わらないユキの様子に、次第に追い詰められる士郎。今の士郎の腕では、このユキを殺さず止めることは不可能であった。いや、それどころか倒せるかどうかも怪しい。避けた腕が地面に突き刺さると、微かに地が震える。その余りの威力に、細い枝を思わせる腕が、ハンマーよりも破壊槌を思わせた。一撃でもまともに喰らえば確実に殺される凶器は、段々と身体に近づいていく。避ければ身を削られ血が吹き出す。逸らせば剣を持っていかれそうになる。受ければ体ごと吹き飛ばされる。

 まるでバーサーカーだ。

 かつて戦ったことのある最強の存在を思い起こさせる程の姿に、知らず口の中に溜まった血を飲み下す。ごくりという音が妙に耳に障り、眉根に皺を寄せる。

「ユキっ! ……俺が……分からないのか……」

 脳天を叩き潰そうと振り下ろされる拳を逸らしたことから、ユキの小さな拳が、地面を貫き肘先まで埋まってしまい一瞬出来た隙で距離を取った士郎が、声を張り上げる。
 しかし、全身から血を流しながら、必死に訴え掛ける士郎だったが、能面ように全く変わらない表情で近づいてくるユキに、何の変化も見受けられない。

 もう……無理なのか……

 歯を砕かんばかりに噛み締め、ユキを見詰める。大地に捕らわれた腕を振るい、大量の土砂を巻き上げながら自由の身になったユキは、ゆっくりと赤く輝く目を士郎に向ける。最近になってようやく笑顔を見せてくれるようになった顔は、先程から凍ったかのように全く動かない。
 ……剣を握る両手から力が抜けていく。
 
 どうしようも……出来ないのか……。

 身体を前屈みにするユキ。その姿はまるで、大型の肉食獣が襲い掛かろうと力を込めているように見える。ぎりぎりと空気が軋みを上げるのを感じる。剣を構えなければならないと、死ぬだけだというのに、どうしても腕が上がらない。

 俺に……ユキは斬れない……

 土煙を上げ、迫るユキの姿がまるでスローモーションの様に見える。

 殺せるわけがない……

 振りかぶる腕の先には、諦めたように俯く士郎の顔。

 ユキは……

 音を置き去りに迫る指先が……

 ……家族
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