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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十二話天下の乱れんことを悟らずして
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けずり回っている癖に生白く、いかにも頼りない風貌であった。名を丸枝敬一郎という銃兵中尉である。
 姿かたちだけでなく立ち居振る舞いもまたその印象を裏切らない。万人が求める将校像のそれとは大きくかけ離れており、逆さに振っても威風、自信、泰然といった用語が出てこない。逆に萎縮、不安、戦々恐々といった単語ばかりが出てくるような有様であった。
 配置もそれを物語っている。彼の配置は兵站部糧食班の配食担当。要するに前線への食事の配達を担当する指揮官の末席‥‥‥要するに軍を動かす血液の一滴であった。
 欠けては困る――だが優秀な者をあてるべきところではない、そうした役回りである。発達した兵站組織が作り出した枝葉末節の一部である。より強固な戦闘力を持つ〈帝国〉軍では存在すらしないといえば分かってしまうだろう。
 大尉が大隊を率い、少佐が9千を超える兵を率いているこの新城支隊であってもそういう処におさまっている男なのだ。

 だがそれを丸枝の能力だけが要因であるという事は不公平であろう。彼らが飯を渡す相手である中尉も似たような者である。そもそも彼らは近衛ですらない、龍州軍の泉川撤退戦で本隊からはぐれた(もしくは上級本部が壊滅した)不運な落伍部隊であった。さもありなん、というよりも階級だけで自発的な行動をとれるような者達ではなかった。そもそもの指揮系統からして全く違うのだから無理もない。
形は九千からの軍勢でも大半は小中隊単位で新城直衛――というよりも五○一大隊本部直属とでもいうべき有り様なのであった。
 しかし、それはそれとして丸枝は誰からも軽く見られているのは厳然たる事実として自他ともに認めるものであった。とりわけ丸枝自身は、このような扱いを、今日のこの日の不快な暑さ、或いは冬の凍てつく寒さと同列の自然環境のようなものだ、と受け止めていた。

「え、あ、あれは――?」
 だからこそ、彼はおたおたと臆面もなくたじろいでみせた。思うがままに振る舞うそれに将校としての見栄などかけらもない。
 血相を変えた近衛衆兵の騎兵中隊が丸枝中尉達の目と鼻の先を駆け抜けていった。
 近衛衆兵に騎兵隊は“編制上”存在しない、つまりは――新城直衛の側近達の一人、塩野大尉が率いる部隊だ。

「あれは」

 丸枝が目を凝らした先に浮かび上がってきたのは馬匹、工兵、騎兵、銃兵、剣牙虎、剣虎兵が織りなす長蛇の列だ。
 
「きゅ、救援かな?」



皇紀五百六十八年八月五日 午前第十三刻
六芒郭本郭 司令部庁舎作戦室 独立混成第十四聯隊首席幕僚 大辺秀高少佐



 六芒郭はこの数日間で庁舎建立されて以来の喧騒に満ちている。八月の猛暑に晒されている中でも万を超える兵達が常に何かしらの用事を抱えて動き回り、喧騒を生み出している。虎城から集成された輸送部
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