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TANGO NOIR
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第一章

                       TANGO NOIR 
 今私は一人でいる。けれど。
 昨日は二人だった。その彼は今はここにはいない。
 夜の酒場。誰もが暗いその中で酒を楽しみそしてダンスを踊っている。
 昨日私は彼と二人で踊った。私と同じ匂いの彼と。
 カウンターでカクテルを飲みながら昨日のことを思い出していた。その私に。
「一人なのかな」
「誰かしら」
 左から聞こえてきた声に振り向きもせず応える。
「私に何か用かしら」
「用があるから声をかけてたんだよ」
 声は笑ってきた。男の声で。
「そういうものじゃないかな」
「悪戯ってこともあるんじゃないかしら」
 私も微笑んで。それを声に入れて返した。
「そう思うけれど」
「あれっ、僕が悪戯で言ってると思うんだ」
「そういうケースもあるわね」
 ここでは素っ気無く言ってみせた。
「違うかしら」
「厳しいねえ。信じてくれないんだ」
「人はあまり信じないの」
 こう声の主に返してあげた。
「色々とあったから」
「人生の経験からだね」
「そうよ。人は生きていれば色々とあるわね」
「そうだね。僕もそうだしね」
「それで何の用かしら」
 私はまた声の主に言葉を返した。
「一体」
「人を待ってるんだよね」
 こう私に言ってきた。その声は。
「そうだよね」
「だったら何なのかしら」
「その待っている人は誰かな」
「悪い男よ」
 前を向いたまま。絶対に声の方は振り向かない。そうしてあげなかった。
「とてもね」
「へえ、どんな奴かな」
「奥さんがいるのよ」
 それでもだと。言ってやった。
「それでもなのよ」
「奥さんがいてもなんだ」
「私と付き合ってるのよ」
「ふうん、浮気者なんだね」
「根っからのね。それで仕事はね」
「仕事は何かな、その悪人の」
「昼の世界の仕事よ」
 実は私もそうだ。喫茶店のウェイトレスをしている。彼はその私に声をかけてきた。奥さんがいながら。つまり根っからの浮気者なのだ。
「これでも昼はウェイトレスをしてるのよ」
「へえ、そうなんだ」
「可愛い制服とエプロンを着てるのよ」
 喫茶店のユニフォームを。私の歳を考えると少し無理があるようになってきたけれどそれでも可愛くて好きな服を。いつも着ている。
「そうしてるのよ」
「今はそんな服を着てるのに」
「昼と夜は別よ」
 今の私は黒いドレスを着ている。背中を大きく開けたそれを。カルメンとかそうした感じの服をわざと着てそれで夜の世界を楽しんでいる。
 夜はいつもそうしている。この雰囲気が大好きだ。その妖しい雰囲気を楽しみながら。私は横にいる相手にまた言ってあげた。
「お日様と月は違うわよね」
「全然ね」
「だから。月に
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