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王道を走れば:幻想にて
第四章、序の3:旅立ちの日に
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くなってしまった言葉に反応せず、クィニは横に目を向けた。閑静な夜光を浴びている、中庭に咲く花を見ていた。淡い紫をした、スイフヨウである。

「・・・私は、何も見ておりません。花弁が夏の宙を泳いでいた、それだけです」
「・・・ありがとう」

 コーデリアはクィニの横を通り過ぎて、中庭の方へと歩いていった。彼女はそれ以上声を立てたり、足音を沈ませるような事はしなかった。ゆっくりと、だがはっきりとした足取りで石畳を踏んでその場所へ向かっていく。
 中庭に敷かれた石の道を歩く。夜空から見れば、底は宮中の真ん中に位置するものであった。七色の光を散りばめた暗幕の下で、小さく、雨後の冷たい風が吹いて、花草の中でこじんまりと佇む石の柱を撫で付けた。人を寄せ付けぬ、暗い印象の石柱だ。コーデリアの背より、僅かに大きいほどである。
 コーデリアはその前に立ち止まると、そっと冷たい石肌を撫でる。水気が指先を騒がせる。

「・・・姉さん」

 呟いた言葉が石に弾かれて、雨の滴で濡れた地面に落ちる。コーデリアは自嘲げな息を漏らした。決意を伝えると言ったにも関わらず、そのような気持ちが湧いてこない。

(・・・馬鹿だな、私は。お墓参りをした所で、自分の迷いが晴れる訳でもないのに)

 王女として、自分を慕う者達を助けるのは当然の義務と考えていた。だが現下の情勢がそれを許すものではなかった。強権的な宦官達の行動を一度見て、しかも己の思いを踏み躙るのを知ってしまえば、それに楯突く気持ちが失せてしまうのは自然とも言えた。今後とも彼らは己の決定を支持すべく、それに有利な追加の命を下す事であろう。だがそれは北へ旅立つ彼らにとって決して良い意味を持つとはいえない。だからこそ自分自身が奮起して宦官等に働きかけねばならないのに、どうしてかそんな気持ちが沸いて来ないのだ。
 汚れるのを厭わず、己の掌を石に貼り付けた。職人により研磨されて、雨粒で光る石肌が、水を絞った布巾のように熱を冷ましていく。燻った不安が沈殿するかのようであり、益々と落ち込んだ気持ちとなってしまう。

(私、どうしたらいいんだろう・・・)

 優柔不断で、口だけは立派な己を嫌悪するように俯く。風に揺れてかさかさと草むらが揺れた。その間から分け入るように、声が響く。

「ソンナ薄着ジャ風邪ヲ引イチャウヨ、コーデリアチャン」
「っ!!だ、誰?」

 高く着飾った声であり、考えればそれは聞き慣れた友人のものとそっくりであった。目をはっと向けると、草むらから一輪の花が上へと伸びてきて、ひらひらと戯れるように揺れた。

「ボクダヨボク、オ花ノ妖精サンダヨッ。蜜ノ香リガ大好キナンダ、ハハッ」
「・・・ケイタクさん・・・だよね?」
「何故バレた」
「声で直ぐに分かったよ」
「ちぇっ。物真似
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