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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十九話 流し雛の奏上
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「えぇ、何か面倒な事でしょう?
生きるか死ぬかと云う事なら幾ら何でも考えますが、そうでないならばやりますよ」
「全く、お前は妙な所だけ正直だ」
 嬉しさ半分呆れ半分といった様子で保胤は細巻の灰を落とす。
「一命を賭してなどとは、僕にはとても言えません。
やはり僕は根っからの将家ではありませんからね。
それに、命というやつは、うまく使えば長持ちします。それについて、随分と勉強しました」
 ――その逆は物心ついた時には、既に知っていた様にも思う。
「そうだろうな、私よりも遥かに詳しいだろう。」
 そう答える保胤は、痛切な何かを堪える様な顔をしていた。
「だからこそ、お前を幼年学校に、軍に入れる事は反対だった」
「確かに、あの時、義兄上は反対なさった。
嬉しかったですよ。僕の事を真剣に考えてくれた人は、それこそ両の指で数えられる位しか居ませんから」
 一緒に大殿の書斎で本を読みあさっていた豊久は話を聞くだけであった。それが彼なりの真摯さだった事は新城も理解している。
 その後、家臣団の大半が反対に回っても馬堂豊長は沈黙し、主家の判断に口を挟むつもりは無い、と言うだけだった。つまりはそう言う事だったのだろう。
「お前は人前では滅多に口を開かなかった。
私には軍人向きとは思えなかった、それにお前は面倒事を背負い込む質だからな」
 嘆息し、義弟の現状に目をやり、言葉を継ぐ。
「見事に騙されたよ。此処までの戦上手とは思わなかった。
だが面倒を背負い込む質というのは当たったな。
何しろ私まで面倒を背負わせようとしているのだから」
 自嘲するように言葉を吐き捨てる。
「お気になさらずに、義兄上。」
 新城が大声で答える。保胤は、新城がほぼ唯一と行っていい素直に人柄を慕っている人物である。
「それで義兄上の仰る面倒とは?」
 声を戻して本題に入る。
「北領での大敗に――いや、お前達の大隊にとってはまごうことなき勝利だが
その軍状報告を皇主陛下に奏上してもらう。」
 申し訳なさそうに次期駒州公が言った。
「待ってください。それは北領鎮台司令官であった守原大将の役目でしょう?
よしんば大隊長が行うにしても、豊久が――大隊長が生きている事が分かっているのならば」
 理由は察しがつく、だがそれならば尚、あいつの役目の筈だ。
「馬堂豊久少佐は未だ生死不明だ。
少なくとも明日、お前が正式に奏上を行う事を取り決めるまでは、な。
 ――お前でなくてはならないのだ」
 義兄の顔に浮かぶ苦渋の色が深まっているのを見て、新城の臓腑に苦いものが満ちてゆく。
「陸軍内では夏季総反攻論が主流を占めつつある。
軍監本部でどうにか押さえ込もうとしているが鎮台からの突き上げが厳しい。」
 矢張り――そうか。
「信じられない、と言え
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