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真田十勇士
巻ノ四十七 瀬戸内その九

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「仕事がないからな」
「楽にしていいか」
「揺れで困らないなら」
「酔わないなら」
「そうじゃ、気楽にしておれ」
 笑って十勇士達に言う、そして。
 幸村は既にだ、海を楽しげに見ていた。船頭はその彼には笑って言った。
「殿さんは気楽だな」
「酔わぬかどうかと気にしておらぬというのじゃあな」
「ああ、酔ってもいいのかい?」
「酔えばそれまでのこと」
 泰然自若としての言葉だった。
「たったそれだけのこと」
「だからっていうんだな」
「うむ、酔うまではこうしてな」
「海を見て楽しむっていうんだな」
「そのつもりだ」
「肝が座ってるな」
「船酔いは死ぬまでに辛いというが」
「ああ、苦しむ奴はな」
 実際にというのだ。
「相当さ」
「そうだな、しかしそもそもな」
「そもそも?」
「船の下は何か」
 こう船頭に問うのだった、ここで。
「その板一枚下は」
「海さ、そしてな」
 船頭は幸村の今の言葉にだ、笑って返した。
「地獄さ」
「そうであるな、ではな」
「酔いもか」
「恐ることはない」
「そもそも地獄のすぐ上にいるからか」
「ならもう小さなことであれこれ思わぬ」
「それでか」
「こうして海の景色を楽しむ」
 その青い海を観るというのだ。
「空もな、むしろな」
「こうしたものを観られてか」
「最高の地獄じゃ」
 それこそというのだ。
「これはな」
「言うな、殿さんみたいに肝が座ったのははじめて見た」
「左様か」
「地獄の上にいるってわかっていてそう言うなんてな」
「地獄に落ちるのも怖くないとか」
「相当なものだよ」
 幸村に笑って言うのだった。
「そしてその意気が気に入ったぜ、じゃあ暇な時は飲むか」
「船に酔って酒にも酔うか」
「ははは、それもも白いな」
「その時は家臣の者達もか」
「一緒にか」
「我等は常に共にと誓い合っておる」
 幸村は船頭にもこのことを話した。
「だからな」
「それでなんだな」
「こうした時は常に寝食を共にしておる」
「じゃあ一緒に飯を食ってか」
「酒も飲んでおる」
「よし、じゃあその時はな」
「宜しく頼む」
 海を観つつこうした話をしたのだった、そして。
 船旅ははじまったがだ、誰もだった。
 船に酔うことはなかった、十勇士達はわりかし揺れる船の中でそれぞれの足でしっかりと立ったうえでこんなことを言った。
「別にのう」
「酔わぬな」
「心配していたが」
「特にな」
「そんなことはないな」
「わしの言った通りだな」
 船頭も笑って彼等に言う。
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