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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百七話 狂える獣
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が、どちらかと言えば甘いところのある男と言って良い。その彼が、ある一点に関しては酷く警戒心が強くなる。

自分の命が危険に晒された時だ。普段甘いところのある彼が、生き延びると言う生物の本能を剥き出しにする。彼の中で普段は眠っている凶暴な獣が目覚めるのだ。その獣は異様なまでに嗅覚が鋭い。

ヴァンフリートで何故あれほどまでにミュッケンベルガーの意に背くような事をしたのか? 生き延びるためだ。俺はあのグリンメルスハウゼン艦隊にいたから分っている。

あの艦隊は酷かった。司令官は凡庸な老人、参謀、分艦隊司令官は役立たずな貴族で艦隊行動がやっとの有様だった。戦争などとても無理だ。だがその部隊を前線に出した。

そのことがヴァレンシュタインの警戒心を、彼の中の獣を呼び起こした。

ヴァンフリート会戦で勝っても喜ばなかったのは何故か? 生き延びる確証が得られなかったからだ。事実その後にヴァンフリート4=2の戦いが起きている。

勝利後の将官会議でミュッケンベルガーの不機嫌にも動じなかったのも 彼にとって大事なのは生き延びる事であって出世では無かったからだ。ミュッケンベルガーの不興など何ほどのことでもなかったろう。

彼がローエングラム伯を地上戦に投じたのもその所為だろう。生き延びる事に全能力を傾けている彼にしてみれば、個人的な武勲に一喜一憂しているローエングラム伯など憎悪の対象でしかなかったのではないだろうか。

生き延びると言う事の難しさを地上戦で学んで来い、そんな思いではなかったか……。


同盟は誤った。イゼルローン要塞の奪取はもっと後にすべきだったのだ。皇帝が死に、帝国が内乱状態を防ぎ安定した後だ。それまでは帝国軍など、おそらくはローエングラム伯の出征だろうが適当にあしらっておけばよかった。

ヴァレンシュタインの凶暴な獣は眠っていたのだ。地位が上がり、事実上宇宙艦隊を支配していた事が獣を安らかな眠りに誘っていた。そのまま眠らせておけば良かったのだ。

しかし、先日イゼルローン要塞を落としたことで獣は目を覚ました。皇帝が死に、内乱状態になった時点で同盟軍が攻め込んできたらどうなるか? フェザーンが同盟に与したらどうなるか?

鋭い嗅覚は危険を察知した。獣は恐怖したのだ、そして狂った。自分を殺そうとしているものが居ると。殺される前に殺せと。そして今、獣はフェザーンを追い詰め、同盟を鋭い牙で噛殺そうとしている。

同盟の損害が多ければ多いほど、流れる血が多ければ多いほど獣は喜ぶだろう。流れた血に身体を浸しながら、その血臭に歓喜の声を上げるに違いない。そして安らかに眠るのだ。

ヴァレンシュタインは苦しむだろう。獣が眠った後、その犠牲の多さに苦悩するに違いない。自分のしたことに苦しむに違いない。だが俺は助けよう
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