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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百六話 出撃
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俺はごく自然にそう思った。俺がローエングラム伯爵家を継いだ事さえ、彼にとっては笑止な事だったろう。俺はミューゼルの姓を名乗りたくなかっただけだが……。

「皆どう思うかの、驚くか、怒るか、気が狂ったと思うか……、そちは驚いてはおらぬようじゃの」
「……そのような事は……」

まるで悪戯が見つかった子供のように身を竦めた。皇帝は変わった、何が有ったのかは分からない。しかし間違いなく変わった。此処にいるのは俺の知っている凡庸なフリードリヒ四世ではない……。

「どうかな、予はこう思うのだ。いっそあれに皇帝位を譲ってみるかと」
「陛下……」
「名誉に思うかの」

皇帝の突拍子もない問いに俺はまじまじと皇帝を見た。皇帝位を譲る? 何の冗談だ? しかし皇帝は笑いを収め生真面目な表情で訊いてくる。
「……臣には分りませぬ」

「そうか、そちはどうじゃ。皇帝になりたいとは思わぬか」
「とんでも御座いませぬ。皇帝など、夢にも考えた事は有りませぬ」
そう答えると、皇帝は弾ける様に笑い出した。

「そうか、夢にも考えた事はないか」
「……」
気付かれているのか? 背中に冷たい汗が流れるのが分る。

「顔色が悪いの、ローエングラム伯。予が変わったのが不思議か?」
「いえ、そのような事は」
皇帝は何処までも楽しげだ。

「予の命はの、年内で尽きるそうじゃ」
「!」
思わず俺は皇帝を見た。だが皇帝は穏やかに笑っている。聞き間違いか?

「ヴァレンシュタインがそう言ったのじゃ」
「……」
聞き間違いではなかった。やはりヴァレンシュタインは皇帝の寿命は年内で尽きると考えている。

しかし、それを皇帝に言ったのか? 皇帝から咎めを受けなかったのか。皇帝とヴァレンシュタインの間には何が有る? ただの君臣では有り得ない事だ。

「残り半年で命が尽きる。ならば残り半年、好きなように生きる。そう思ったとき、予から全ての枷が外れたわ」
「……」

「楽しいの、生きるという事がこれほど楽しいとは思わなんだ。おまけに楽しませてくれる男が居るからの」
「……」

「出来る事ならいま少し生きたいの。そちやあの男の生き様をもう少し見たいものじゃ……、未練じゃの。いや、予は年を越しても生きているかもしれん。その時は、あれに罰を与えねばなるまい、予を騙したのだから」
そう言うと皇帝はまた笑った。皇帝は何処までも上機嫌だ。俺はただ上機嫌な皇帝を見続けた。

一頻り笑うと皇帝は表情を引き締め、重々しい声を発した。
「ローエングラム伯、行くが良い、武勲を期待しておるぞ」
「はっ。必ずや、陛下の御期待に沿いまする」
俺は頭を下げ、立ち上がると足早にバラ園を離れた。


帝国暦 487年8月 4日  オーディン 宇宙艦隊司
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