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火影の夜窓(ほかげのやそう)
第一章 色褪せぬ恋
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はずっと涼しかった。

3分ほどの間に数人が乗り込んできて、
エンジンがぶるるんと勢いよく始動。
冷房がかかり、車内がいよいよ冷えてきた。
扉が締まると、バスは定刻通りに発車。
商店街を途中で右折し、橋を渡って県道に出た。
そこから川沿いに10分ほど走ると、
前方に霊園の大きな看板が見えてきた。
祐未は降車ボタンを押し、小銭を用意する。
「ご乗車ありがとうございました。」
車外に放り出されると、たちまち熱風に包まれ
祐未は慌てて日傘を差す。
大きくカーブした見通しの悪い道路を用心して渡り、
霊園の正門をくぐる。
駐車場までの長い歩道は木立の陰でいくぶん風がそよぐが、
蝉の声が絶え間なく炒りつけてくるので、
油断すると気が遠のきそうになる。

売店で桶に入った切り花と線香を買い、
巡回バスに乗って丘を登る。
頂上付近で降ろしてもらい、日傘を広げ細い道を少し下ると
美しいバラの遊歩道がある。
そこを抜ければ彼の眠る墓所だ。
まだ新しい区画には、墓石が数えるほどしかない。
お陰で、祐未は迷わずに彼のもとへたどり着けた。
(命日でもないし、さすがに今日参拝する人はいないだろう。)
祐未は柄杓の水で墓石を涼めてやった。
壺のしなびた花を抜き取って、
代わりに赤やピンクのケイトウを手向けた。
(ケイトウかぁ…、たしかに鶏の鶏冠(とさか)みたいな花よね。
 風変わりな花だけど、花言葉はあるのかな。) 
和紙の上に好物だった缶ビールと手作りの海苔巻きを供え、
写真が入った小さな白い額をその奥に立てかけた。
碧い海を背に、白い歯を見せて笑う彼を目にした途端、
涙がつーっと祐未の頬を伝う。
線香の束に火をつけ香炉に寝かせると、太い煙が風下にたなびく。
「陽介、会いに来たよ。今日は暑いね。
 関東は昨日梅雨が明けたって。
 …もうすぐ一周忌ね。早いなぁ…」
言うとまた涙が溢れ、ハンカチで目頭を押さえる。
「30歳のお誕生日、おめでと…。」
7月19日、今日は陽介の誕生日だ。
そして、二人が初めてデートした記念日でもあった。
祐未はキャリーバッグに入った
折りたたみの小さな椅子を取り出して座ると、
線香が燃え尽きるまで、その場を離れようとはしなかった。



二人が出会ったのは三年前。
祐未が学生になって初めての夏休み。
自分専用の軽自動車を買うためディーラーを訪れたとき、
父が祐未の担当にと指名したのが陽介だった。
車の説明を聞きながら、彼の誠実さとさわやかな笑顔に
祐未はすっかりほだされてしまった。
試乗の際も、免許取りたてで運転に自信がないと言うと、
陽介がすすんで隣に同乗してくれた。
危なっかしい手つきでハンドルを握る祐未を
冷や汗をかきながら見守るうち、

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