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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百一話 人ではない何か
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う仕向けている、そう言う事なのか?

「陛下は御病床にあり、財務尚書が反乱、それに乗じて反乱軍が攻め込んでくるか、困ったものじゃ」
「おまけに司令長官は病弱、副司令長官は大敗を喫したばかりです。軍は頼りになりません。帝国始まって以来の危機でしょう」

二人とも他人事のように言った後で声を上げて笑った。ようやく私にも分った。同盟軍を油断させるために二人は罠を仕掛けている。おそらく私が今知った事は謀略のほんの一部なのだろう。

「ようやくカストロプ公爵家も帝国の役に立つの」
「この日のために取っておいた切り札ですか?」
「まあ、そうじゃ」

帝国の役に立つ? 切り札? 私の混乱に気付いたのだろう。司令長官が答えを教えてくれた。

「十五年も職権乱用をし続け、同じ貴族たちからも非難され続けたカストロプ公が何故財務尚書の地位にあり続けたのか? 平民の不満をそらすためにいつか犠牲になってもらう、そういうことです」

おぞましい真実だった。司令長官は穏やかな表情で告げる。そのことが余計に私を震え上がらせた。政治の世界の非情さに、それを穏やかに話す司令長官に……。自分と同じ人間とは思えなかった。人ではない何か、別の何かだった。

「私が怖いですか、少佐。でもこれからはもっと怖くなりますよ」
「小官は……小官は怖くありません。閣下を信じております」
「ほう、司令長官、卿は良い副官を持っておるようじゃ」
「そうですね。私には過ぎた副官です」

私がヴァレンシュタイン司令長官に返事をするとき、一瞬だけどリヒテンラーデ侯の顔が哀しげに見えた。それを見たとき私の心は決まった。司令長官を一人にはしないと。

リヒテンラーデ侯はヴァレンシュタイン司令長官を哀れんでいる。私が司令長官を恐れ、彼が孤独になるのを哀れんでいる……。

侯も司令長官も帝国を守るために謀略を振るっている。まるで謀略を振るうことに生きがいを感じているかのように。でも本当は違うのだろう。やらなければならないことをやる、それだけなのかもしれない。

だがその事が侯を恐れさせ、侯を孤独にした。同じ孤独が今、司令長官を襲おうとしている。侯にとっては、かつての自分を見ているかのような気持ちだったろう。

私は逃げない。私には特別な能力などない。だから他の皆が恐れても私は恐れない。ヴァレンシュタイン司令長官を決して一人にはしない、それだけが私に出来る事だから……。


■ 帝国暦487年7月 4日 ローエングラム艦隊旗艦 ブリュンヒルト ジークフリード・キルヒアイス


七月になって宇宙艦隊はラインハルト様の下、合同訓練に励んでいる。おそらく反乱軍は遅くとも今月の末には帝国領に攻め込んでくるだろう。宇宙艦隊は七月中旬までに訓練を終わらせなければならない。

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