9話 一夏戦
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それは胸を張れるものであったと思う。正しかったのか、間違っていたのか、そんなことは重要じゃない。『後悔だけはしない』。それだけが重要なのだ。後悔をしてしまえば自分はもう、あの世界を思うことも許されないだろう。ただ後悔をしないためにも全力で戦った。
そして今も、これからも、たくさんのものを犠牲にして戦う。
もしかしたら守れるのはとてもちっぽけなものなのかもしれない。
もしかしたら無意味なのかもしれない。
もしかしたら何も守れないかもしれない。
それでも、後悔をしてしまえば、今まで犠牲にしてきた、捨ててきたものを、否定することになってしまう。その程度のものだったのかと。
そして最初から最後まで、自分の意思で戦い、自分の意思で傷つけることを決めたのだ。自分の意思で逃げることも許されないところまで来た。
あの世界で信じたこと、感じたことは誰にも否定させない。否定させちゃいけない。
あの世界は鬼一にとって『戦いであり救い』だから。
だから『勝ち続けなくちゃいけないんだ』。そう鬼一は思う。
いつかはどうしようもない、どれだけ足掻いても覆せない致命的な敗北が来ることも予感している。
その時が鬼一にとって、戦いという長い旅路の終着点だろう。
でも、今はその終着点ではないと否定する。
壇上の真ん中に立っていた鬼一は静かに歩き出す。
歩き出した鬼一の背中に声がかけられる。
―――もう、大丈夫? もう一度歩けるかい?
聞きなれた人たちの声が重なって聞こえた。
もう、あの場所で会うことのない人たち。
その悲しさに涙が溢れる。そしてその言葉に力が湧いてくる。
鬼一は声に出さずに心で答える。
―――はい。また歩きます。僕は、戦います。最後まで―――
最後の言葉が出てくる前に、鬼一は今に戻ってきていた。
――――――――――――
立ち上がった僕は真っ白な世界に包まれていた。風景も、空も、太陽も、何もない、足元すら何もない世界に鬼神を纏った状態でただ立っていた。身体は限界だと叫んでいる。痛みはピークを超えたのか、逆になにも感じなくなっていた。人として失ってはいけないものをどんどん欠けていくような気がする。
僕は、何をしているんだ? 僕は、なんだ?
どんなものよりも大切な世界があったような気がする。代え難い大切な人たちが声をかけてくれたような気がした。何か大切なものを忘れているような気がする。ただ心だけが張り裂けるような悲鳴だけが聞こえた。
―――負けられない、勝ちたい。
……そうだ。僕は負けたくないんだ。勝ちたいんだ。でも、何にだ?
パキリ、と心が欠けたような気がした。
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