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八神家の養父切嗣
四十八話:かつての英雄
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いたくなる。どちらが正義で悪なのか、そんなことはもう分からない。だとしてもだ。


「あなたは正しいかもしれません。でも、あなたが誰であっても私は―――あなたを否定します」


 絶対に認めない。強い意志が揺らいでいた彼女の瞳を一点に集中させる。その先に居るのは男ではなく愛する少女の姿。ママと呼んでくれた愛おしい宝物。ただ一つ純粋に分かる事実。

「理由はなにかね?」
「私がその子の―――母親だからです」

 今のなのはに分かることはただ一つヴィヴィオを愛しているということだけ。戦う理由はそれだけあれば十分だった。母だから娘を守る。その選択は美しく尊い。だから男にもそれを否定することはできなかった。

「……そうかね。では、無粋な話し合いはここまでにしよう。エースオブエースの名に恥じぬ実力か見極めてあげよう」

 どこまでも自信に溢れ、自らが負けるなどとは欠片たりとも考えていない。しかし、それは慢心ではなく積み上げてきた修練の賜物だということをなのはは肌で感じた。彼は強い。それが分かったからこそ彼女はある意味でいつものように、昔のように尋ねた。

「最後に一つ、お聞きしていいですか?」
「何かね?」
「あなたの名前を聞かせてください」

 今から殺し合いを始める者の言葉とは思えないなのはの問いかけに驚いたような表情を見せる男。しかし、それも一瞬ですぐに気品のある笑みを浮かべ答える。


「名前などとうの昔に捨てたよ。私は、いや我々は―――“正義”という装置の歯車に過ぎない」


 その余りにも悲しすぎる返答になのはは顔を歪める。平和を求めて全てを奉げ名前も、人間性も、全てを失うなど悲しすぎるではないか。思わず同情で手が緩みそうになる。

 そんな気持ちを察したのか否か男は杖をクルリと回し、辺り一帯を火炎地獄に変えてみせる。シグナムの炎がマッチの炎に見えるような凄まじい光景に様々な意味で汗を流すなのは。そこに男は少し趣返しのように笑いながら話しかけてくる。


「では、私の方からも最後に一つ。私もかつては―――エースオブエースと呼ばれていてね。
 古き時代と新しき時代、どちらの切り札が上か試してみようではないか」


 燃え盛る業火の中、涼し気な笑みを浮かべ男は杖をなのはに突き付けるのだった。

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