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第一章
好き好き
江戸時代の吉原。ここは今宵も賑わっていた。
遊女達と酒と絢爛にその身を浸したい者達が集いそこで溺れている。たまに他の場所から来た者も物見遊山で来ていたりする。松前屋辰五郎もそんな一人であった。
大阪で材木商をやっている。大阪は八〇八橋と呼ばれる程橋が多い。それだけ大阪に川が多いということであるがそれだけに何かと材木は入用であった。だから彼の商売はかなり繁盛していた。特に台風の後で橋が倒れていた時は儲かるのであった。
「わての商売はあれでんねん」
自嘲して自分をこう言うことが多かった。
「因果なもんで。人様の不幸で成り立ってますねん」
台風の度に儲かるからだ。普通大阪で橋の普請は豪商達が受け持つ。それの費用で傾く家も多かった。その為に『杭倒れ』と言ったりもしていたのだ。
ところが彼の家は違っていた。その度に儲かる。だからそんな自分を自嘲しているのである。だがそんな彼だがしっかりと人様の家の普請にも役立っている。何だかんだで人のいい彼は人様の役にかなり役立っているのであった。
その彼の好きなのは酒と女だ。特に女は好きで女房の目を誤魔化してはいつも遊郭で遊んでいた。この吉原にしても一度行ってみたいと思っていた。商いで江戸に下ったのを幸いに今こうして来ているのである。彼にとっては夢が適ったということである。
夢が適ったがまだ相手が決まってはいない。何処に行こうかとあれこれ探している最中であった。吉原は店が多い。だから一つを選ぶのにも随分時間がかかるのだ。
その中の一店の前を横切ると。不意に客引きの若い男が声をかけてきた。
「旦那旦那」
「何でんねん」
辰五郎はついつい男の方を振り向いた。
「いい子がいますよ」
「どんな子や」
「いや、それがね」
既に男の話術の中に入っていた。
「一度御覧になられますか?」
「そんなにええ娘やったらな」
ここで言葉のニュアンスに少し齟齬があるのだが二人はそこに気付いていない。
「見せてもらえるか」
「こちらで」
入り口の遊女達を指差す。その真ん中にいる者であった。
「おおっ」
「如何でしょうか」
答えはもう辰五郎の驚きの声でわかっていた。
「この子は」
「ええな」
見れば大阪にもこんな遊女はいない。とびきりの美女であった。可愛さと妖艶さを併せ持った、見たこともないような美女であった。
「この娘は」
「じゃあこの子で決まりですね」
やはり言葉のニュアンスが違っていた。だがお互い気付いてはいない。
「ではお店へどうぞ」
「わかりましたわ」
辰五郎は上機嫌で店に入った。店の中は遊郭独特の爛熟でいて退廃的な空気に満ちていた。彼はその雰囲気を感じるだけでもううきうきとしていた。
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