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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十一話 馬堂の手管
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うよバカ、そっちじゃなくて(みやこ)の方」

「まぁ大騒ぎですよ、そちらこそどうですか、商売はどうにか軌道に乗ったとお聞きましたが」

「随分と景気は悪いけどな。この塩梅じゃ、ここらも〈帝国〉さんのものになるだろうしね。
どうだい一つ〈帝国〉旗でも売ってみるか?」

「もう遅いよ、捌けたみたいだ」

「マジかよ」 「マジです」
 ハッハッハッハと乾いた笑いが満ちる席に陽性の声が割り込んだ。
「はいはい、お待たせいたしましたぁ!」

「お」
 目の前に並べられた料理に目を輝かせる姿は“若旦那”というよりも“若様”のそれであった。



「しかしなんですね」
「ん?」

「美味そうに食べるますなぁ」

 すでに“若旦那”は温うどんに鮎の天婦羅をペロリと平らげ、かば焼きと白米をがつがつと食べている。
「美味いよ、美味しくないわけないじゃないか」

「そう、そうでしょうな」
 “村さん”は目を伏せ、すまない、というかのように軽く掌を見せた。
 “若旦那”もようやく人心地ついたのか、締めの黒茶をすすりながら首をかしげる。
「‥‥‥んん、しかし今回随分と大掛かりな動きがあったみたいだけど」
 彼の人の良さそうな笑みが一瞬、消え去った。
「例のアレさぁ、聞いてないよ、俺。――“本店”でなにがあった」

「‥‥‥」
 初夏の暑さが齎したものではない汗が村雨中尉の頬を伝う。
「ウチの番頭さんから言伝を預かってるよ、西州の方に“投資”を唆しているみたいだ。あれこれ手を回したから、後はそちらで上手くやってくれとさ」

「へぇ!そいつはありがたい」

「ほれ、これごと持っていけ」
 足で押しつけられた書類鞄をそっと確保しながら“若旦那”は問いかける
「はい、ドーモ、村さんはこれからどうするんだい?」
既にいつもの愛想のよい笑みが張り付いていた。

「明日にはここを発つよ、しばらくドサ周りだ。うっかりサボってたら〈帝国〉の兵隊さんに囲まれて帰れなくなっちまうかもしれないし」

「そうかい、番頭さんにもよろしく言っておいてくれ、」

「ん、伝えとくよ。‥‥‥じゃあ俺はもうちょいここにいる。少し飲んでるよ」

「あいあい、俺は明日も早いから帰るよ、勘定おいとくぜ。良い店だ――またここで呑めればいいが」

「‥‥‥そうだな」

 その翌日、馬堂豊久は第三軍司令部を訪れ、そして西津忠信中将は神長近衛総軍司令長官と書簡を取り交わした事が記録されている。そして龍兵伝令が数度往復し、八月四日、独立混成第十四聯隊が護衛する工兵部隊と輜重第一便が蔵原を発った。
 また、この時期、〈皇国〉陸軍の諜報部門は堂賀静成准将の統率よろしきをうけ被占領地における諜報網の再構成に力を入れていたこ
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