欲に惑うも歩みは変わらず
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こそ、心が乱される。
「へー……黒麒麟も明みたいだったってことかぁ」
「いや、ちょっと違う。明は切り捨てるなんて選択肢を考えないが、黒麒麟は切り捨てようとして切り捨てきれずに拾いに行っちまうだろうよ」
「うっわ、それって最悪じゃんか。戦で絶対しちゃいけないことだろ。それなら最初から守っとけってんだ」
「クク、欲張りだからな。全部守りたくて守れない。最後の最後にならないと自分にとって一番大事なモノに気付けない。そうして失う寸前で欲が出る。そんな愚か者は明と一緒じゃねぇよ」
楽しそうに語りながら、彼は小さくため息を吐き出した。
「まあ、今は益州を無事に抜けられるかどうかを考えよう。劉璋の臣下に届けさせた策が上手く行くなら、多分問題は無いと思うが」
悪戯を考える子供のように笑い、つらつらと語る。軍師としての詠を求めて、彼は少し前に出た馬の上、流し目を送った。
「えーりん」
「……ん、分かってる。大丈夫よ。上手く行く。だって……劉備も諸葛亮も、まさか“この先も乱世が続いて行くのに自分の領有する土地の畑を燃やす”なんて思わないでしょうからね。其処からは連鎖的に思惑通りに進んで行くわ」
知性が一寸で戻った彼女から、今回の策の大きなモノが語られる。
授けた策は幾つもある。その中の一つは、朱里達がほぼ警戒出来ないであろうモノ。
劉備が勝つにしても今後にまで影響を与えることをすればいい。名声を得るのなら、その分だけ実を奪ってやればいい。それが詠と彼が益州の現状から出来ると判断した先に繋がる一手であった。
「ならいい。そうなれば俺達がするのは一点突破。諸葛亮に引導を渡してから悠々と出て行けばいいさ」
遠く、北東の空を見つめて思うのは誰のことか。
瞳に滲む優しい色が、詠の胸をチクリと突き刺す刃となる。
――雛里に会えるのが嬉しいって、無意識でも感じてるんでしょ? ほんと……あんたってズルいわよ。
黙して語らず。詠は想いと共に痛みを飲み込んだ。
からから、からからと再び風車が音を立てた。
彼が心の内にだけ留めている想いは彼女の耳に入ることはなく。
その瞳にある優しい色の中に、寂寥が大きいことには気付かなかった。
心の内だけに封じた事実を飲み込んだのは彼女だけでなく。
誰にも明かさない彼はいつも通り、語らないことで嘘を付く。
――なぁ、えーりん。こんなことは知らなくていいんだよ。
茜色に色づき始めた空を見ながら、彼は緩い吐息を吐き出すだけ。
少し肌寒い風に首を竦めて、馬に身を任せ目を閉じた。
――ゆえゆえやえーりんと一緒に駆けた乱世、そんな記憶も混ざっちまってる、なんてことは。
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