シーン2
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の声に気づかなかったのか、そのまま出ていってしまった。
その時、春香の背後から声がする。
「そこにいらっしゃるのは島田さん、ですか?」
中年の女性が杖をついて近づいてきた。
「あ、はい、月刊スクランブルの島田と申します。」
「正木でございます。」
春香は名刺を差し出すが、白い杖に気づいてそっと引っこめる。
「あの… 正木さん、目が不自由でいらっしゃるんですか?」
「そうなんです。緑内障を患いましてね、10年程前から全く見えなくなりましたの。」
「こちらで働いてらっしゃるんですか。」
「ええ。毎日じゃないんですが。以前はこの病院で婦長をしておりましたの。
目が見えなくなってからも院長の計らいで働かせてもらってるんです。
主にナース達の精神面でのサポートをね。
ベテランナースは家庭と仕事の両立で大変ですし、
若いナースはハードな仕事と人間関係に疲れ果て、半年もしない内に辞めてってしまうんです。
だから慢性的なナース不足でしてね。シフトを組むのも一苦労なんですよ。
まあ、お座りになって。」
二人はテーブルを挟んで、向き合って座った。
「正木さんのお住まいはお近くなんですか?」
「ここからバスで10分ほどです。」
「バスで…。」
すると、正木がくすっと笑って言った。
「目が見えなくなって慣れないうちは外に出るのも一苦労でしたが、
人間の体はよくできたものですね。目が見えなくなるとその分を補うかのように、
聴覚や嗅覚、指や肌の感覚がどんどん研ぎ澄まされて、敏感になってくるんです。
外を歩いててもね、通りによって匂いが変わるんですよ。
ああ、焼き立てのパンの匂いがするから、ここは二丁目の角ね、とか。」
「へぇ〜」
春香は感心して頷いた。
「人の気配なんかもね、肌の感覚でわかるんです。ただねぇ、困るのが人の声。
耳が敏感になりすぎたのか、最近はいろんな方向から知らない方の声がわんわん耳に
入ってくるようになって、なんだかもう、うるさいくらい。」
すると隣の部屋から「正木さーん!」と呼ぶ声。
「はーい! 今行きます! やだわ、つい無駄話を長々と。」
「お忙しいところ申し訳ありませんでした。」
「いいえ。野口先生にはあなたのこと話しておきましたから、
もうそろそろお見えになるんじゃないかしら。
私は奥の部屋におりますので、なにかございましたら遠慮なくお声をかけてくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
正木が部屋を出てしばらくすると白衣の男が入ってきた。
「島田さんですか? お待たせしました、臨床心理士の野口です。」
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