第三話 覚醒
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なんとか読み
取れた。そして遠い記憶の断片を繋ぎあわせながら、脳裏に次々とスライ
ドさせる。その作業はまるで、治りかけの切り傷の上からカミソリでなぞ
るようなものだった。
そして…あの声が甦る。母の声だ。
「・・・ケ、・・ンデケ、トンデケ」
「百香、なにしてんの?」
叔母の声にはっとして振り向く。
「それ何?」
百香の手から用紙を取り上げると、叔母の顔がみるみる険しくなり、
テーブルに広がる残りの用紙をかき集めだした。
「誰!? こんな物よこしたのは… 誰よ!!」
あまりの剣幕に百香は目をパチクリさせ、叔母の腕を避けるように肩をす
ぼめた。叔母は手紙と用紙に素早く目を通すと、それを乱暴に丸めてフラ
イパンに乗せ、ガスコンロの火で燃やし始めた。引火した火はたちまち、
換気扇フードの高さまで上がり、黒い煙が天井の火災報知機を鳴らした。
垂れさがった紐を引き、警報音を止めると、叔母はフライパンの火をシン
クの水道でさっと消す。しばらくその場に立ちすくんでいたが、
「電話が鳴っても絶対出ちゃダメよ!」
そう言い放ち、叔母は自室へしばらくこもっていたが、
怒りが治まらなかったのか、再び居間に戻ってくると
どこかへ電話をかけ、激しい口調で相手を罵り始めた。
しかしこの日、事件当夜の記憶が一本の映像として、
百香の脳裏に鮮明に焼き付けられたのは確かだった。
新学期が始まる9月1日は両親の命日でもある。百香は学校から帰ると、
祖母に連れられ、母の墓参りに行くのが通例であった。
電車とバスを乗り継ぎ、ようやく霊園に着くと、更にそこから園内の循環
バスに乗って丘の頂上まで上る。区画の敷地にはずらりと似たような洋型
墓石が並び、祖母はよく迷子になる。その日も、「あれ、どこだっけ」
と、うろうろしていたので、「こっちこっち」と百香が手を引く。
丸みのあるモダンなデザインの墓石には「やすらぎ」の文字、その脇に戒
名や俗名、没年月日が彫られた黒御影の墓誌が立っている。
「今年はママの七回忌だねぇ… もうそんなに経つかねぇ…」
祖母が母の名前を指で撫でながら、しみじみ言った。
両親の墓が別々なのを、百香はそれまで特に何とも思ってこなかったが、
先日の一件で初めてそのことに思いが向くようになった。
祖母と二人で焼けるように熱くなった墓石を、濡らしたスポンジや布で
磨く。二週間前、お盆でお参りに来たとき、隙間に生えた雑草を残さず
抜いたはずだったが、しぶとい芽がもう伸び始めていた。それを見てふと、
百香は母の断末魔の声を思い出した。
「どうしたの、もーちゃん。手が止まってるよ。」
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