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トンデケ
第一話 声
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ようだが、百香にとっては、む
 しろその開放感こそが大事だった。
 
 スタッフルームで関係者に挨拶をすませ、アシスタントの佐野女史ととも
 にスタジオに入る。デスクには各々にノートパソコン、手元にはカフス
 イッチ、顔の高さにマイクが伸び、透けて平たい丸カバーがかかっている。
 百香はヘッドホンをかぶり、ストップウォッチ片手に原稿にさっと目を通す。

「圷さん、お声いただけますか」
 
 ヘッドホンから要請がかかる。覗き窓の向こうから音声スタッフがキューを出す。
 百香が原稿の文字を数行読み上げると、耳に「OKでーす。」の声。

 彼女は高校時代、放送委員だったから、この雰囲気には最初から慣れてい
 た。それに、高校を代表して出場したアナウンスコンクールで入賞したこ
 ともあり、プロが舌をまくほど滑舌がいい。安定した発声で、品のある声
 がよく響く。リスナーからの反響も楽しみのひとつで、毎週届くハガキや
 メールを番組で紹介すると、馴染みのラジオネームがみるみるうちに増え
 ていく。最近ではこっちの仕事の方が本職より本職らしく思えていた。

 収録は順調に進み、エンディングに入る。

「さて、そろそろお時間が来たようです。この番組もいよいよ三年目に入り
 ます。今後とも、どうぞよろしくお願いしますね。圷百香でした。それで
 はまた来週。さようなら。」

 曲の音量が上がり、そしてフェードアウト。

「OKでーす。おつかれさまでしたー」

 百香は集めた原稿をトントンと揃えると佐野女史に手渡し、スタジオから
 スタッフルームへ移動した。打ち合わせが終わり、壁の時計を見ると5時
 半になろうとしていた。彼女の心は既に摩周の待つ家へと向かっていた。
 百香はいつも摩周を言い訳にして、スタッフからの誘いを断ることが多い。
 今日も直帰の決心は固かった。

「それでは、お先でーす。失礼しまーす。」

 百香はスタッフに手を振って挨拶すると、肩にかけたトートバッグからス
 マホと車のキーを取り出し、そそくさとスタジオを後にする。
 駐車場はもう暗かった。愛車へ近づくと横の四〇〇tバイクが目に止まった。
 そばに人影が動いて、一瞬足がすくむ。
 誰? 目が慣れて徐々に目鼻立ちがはっきりしてきた。
 百香の顔認識回路が瞬時にフル稼働。そして次の瞬間「あっ!」と声をあ
 げ、背筋を凍らせた。髪型が以前と少し変わっていたが、すぐに誰だかわ
 かった。

「よお、おつかれさん。元気そうだな」

 百香はバッグを胸元で握り締め、身構えた。
 この男、百香の元カレで名前は眞鍋辰郎という。7年前、半同棲のような
 付き合いをしていたが、彼から借金をせがまれ断ると、彼の態度が一変、

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