第一章
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ワグネリアン
リヒャルト=ワーグナーの音楽に魅せられた者のことをワグネリアンと呼ぶ。こうした者はドイツはおろか世界中にいる。
無論日本にもだ、石川啄木、永井荷風、三島由紀夫と作家にも多い。
そして音楽愛好家達にも当然ながら多い、今ある喫茶店の中で中年の男達がそれぞれコーヒーを飲みながら話をしていた。
「この前のバイロイトはどうだった?」
「音楽はよかったね」
一人がカップ片手に言う、中学校で音楽を教えている神谷優一だ。高校の時にワーグナーを知ってからのファンだ。髪をオールバックにして端整な顔をしている。
「演出がね」
「よくないというんだね」
「もうあの演出は古いよ」
神谷は否定する声で言った。
「ヴィーラント=ワーグナー式のね」
「いや、あの演出がいいんじゃないか」
今度は楽器店を経営している脇坂秀吉が言った。大学からのファンだ。顎鬚をキザに生やしてその髭を常に触っている。
「ヴィーラント=ワーグナー式が」
「君はあれがいいのかい?」
「そうだよ、シンプルでいてね」
脇坂は神谷に言う。
「それでいて全てを物語る」
「そうした演出がというんだね」
「いいんだよ」
これが脇坂の主張だった。
「あの演出こそが」
「だからもう古いんだよ」
神谷はその脇坂に言う。
「ヴィーラント=ワーグナーは」
「最近の演出がいいんだね」
「そうだよ、現代風のね」
これが神谷の主張だった。
「スーツなんかを着てね」
「高層ビルも出る」
「ヘヴィメタルにも見える服をワルキューレ達が着て」
そのうえでというのだ。
「未来を思わせる中で歌う」
「それがいいというんだね、君は」
「そうさ、リングはそうした作品じゃないか」
ニーベルングの指輪、四部作のこの大作はというのだ。
「神々の世界、未来と宇宙の中で歌う」
「それがいいっていうんだ」
「あの演出がいいんだよ」
それこそというのだ。
「最初観た時に感激したよ」
「何処がいいのか、やはりね」
脇坂は目を顰めさせてだ、神谷に反論した。
「そんな無理に斬新さを出したね」
「未来の演出よりも」
「やっぱりあれだよ」
脇坂はあくまで言う。
「昔ながらのだよ」
「やれやれだ、君は相変わらず何もわかっていない」
神谷はコーヒーカップの中のコーヒーを見つつ脇坂も見て言った。
「ワーグナーがな」
「それは君の方だね、斬新さばかりを追い求めている」
「古臭いものにしがみつく君よりはましだよ」
「違うな、ワーグナーの演出はあれで究極になったんだ」
そのヴィーラント=ワーグナーの演出でというのだ。
「そこで下手に斬新さを狙うのが駄目なんだよ」
「未来はか」
「そうさ、駄目なんだよ」
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