理と欲と望みと
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しそれを容易く超える絶望を感じるのなら……俺にはどうしようもない」
そんな、と朱里が声を漏らした。神医と呼ばれるモノでも危うい賭けとなるのだと、悲壮が心を染め上げる。
記憶を失った原因は何か……朱里はここ数日で考え抜いた。
彼女が立てた予測は一つ。
狂信と言ってもよい程に桃香を信じていた彼が、桃香に信を向けられなかったことで絶望し、そのショックで記憶を失ったのではないかと。
部下を切り捨て部下を無くし、友を切り捨て友を無くし、その果てにあったのが主からの不信……それでは壊れてもおかしくない、と朱里は思う。
雛里が言っていたではないか……信じてあげれば良かったのに、と。
それが全ての答え。彼はただ、皆に信じて欲しかったのだ。
震える掌を握りしめる。どうすればいいのか分からなかった。
きっと華佗を紹介すれば彼は記憶を取り戻そうとする。朱里は分かっていた。
優しい彼が、雛里の絶望を取り払う為の賭けを恐れるはずがないと。
しかしそれで壊れてしまったら? それで台無しになってしまったら?
彼は死ぬのと同義になるのだ。愛しい彼は帰って来ずに、今の彼でさえ壊れてしまう。
大切な彼を失うのが怖い。大切な彼が居なくなってしまうことが怖い。
そう思えば、このままでもいいのではないかとさえ考えてしまう。
記憶を失っているとは言っても、彼は昔のような彼のままで生きている。それなら、と。
幾人もの少女達が悩んできた問題が朱里に圧しかかっていた。
選択肢のハザマで揺れる彼女は華佗に依頼を掛けることが出来ない。
喧騒が遠くに聴こえる。世界が切り離されたような空間の中……少女が一人、コトリ、とお茶を朱里の横に置いた。
「はい。白蓮さんが言ってたよ。焦ってる時こそお茶でも飲んで落ち着いた方がいいって」
湯気のたつお茶を眺めて朱里の思考が止まる。奇しくもその行動は、愛しい彼が教えてくれたことだったから。
――あなたが教えて広めてくれたから……
思いやりが伝わる。秋斗から白蓮へ。白蓮から蒲公英へ。そして蒲公英から朱里へと。
連鎖して繋がってきた想いなのだと朱里は思った。同時に泣きそうになった。
桃香の理想は、いつでも小さくとも叶えられているのだ。
秋斗の想いは、今も世界の何処かに広がっているのだ。
相容れぬと思われる二人の在り方は、どうしようもなく優しいだけの心を映している。同じなのに分かり合えない。それが哀しくて、でも同じであることが嬉しくて。
それならば、と朱里は拳を握った。
いつでも彼が言っていた。想いを繋げと。繋いだ想いの華を咲かせと。
繋いで来た想いの華を失わせるわけにはいかない。それが例え、危険な賭けになろうとも。
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