理と欲と望みと
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とした。目を見開く朱里を見据え、華佗は小さくため息を吐いた。
「何人も患者を診てきたんだ。君が助けて欲しい人を救うことで政治的な問題とかがあるんだろう?
でも、ほんの少しでも助けになるのなら話を聞こう。心に巣食う病魔は絶望を好む。精神が病んでしまえばそれが大きな病に繋がることもあるんだぞ」
ニッと男らしく笑う華佗を見て朱里が俯く。ぎゅうと自身を両腕で抱きしめ、彼女はか細い声を流した。
「記憶を……」
「……?」
「喪失した記憶を……戻すことは出来ますか?」
街の喧騒に消えてしまいそうな声は、しっかりと華佗の耳に届く。
切ない感情を孕ませた少女の想いを感じ取りながらも、華佗は眉を寄せて目を瞑る。
記憶喪失の治療というのは、彼にとっても思っても見ない嘆願であった。
数多の患者を治療してきた華佗とはいえど、記憶の喪失というのは出会ったことが無かった。神医とは言っても、万能ではないのだ。
しかし、人を救う為に研鑽を積み、思考を繰り返してきた彼の辞書に諦観の文字は無い。
これまで生きてきた中で吸収してきた知識を総動員して治療法を考える。幸いなことに脳髄の治療はしてきたし、大陸の外から脳髄に対しての知識も少ないながらも持っていた。さらには現代で言う精神医学的な知識も持っている。
故に、彼は二つの予測を立てた。
「記憶喪失の患者と出会ったことは無いが……喪失に至った理由が分かれば治療することは出来るかもしれない。
外的傷害によって喪失した記憶を戻すことは五分五分だ。脳髄が損傷しているとすれば記憶の喪失ではなく欠損の可能性もある。脳髄については難しい問題だからはっきりとは言えないがな」
きゅっと朱里が手を握った。彼女にはその状況は分からないのだ。もしかしたら二度と戻らないかもしれない。そんな絶望が彼女の心を満たして行く。
「内的な要因……つまり精神的な苦痛や絶望によって記憶を封じてしまう例は聞いたことがある。
耐えがたい絶望による心の崩壊を防ぐ為に、自己防衛として記憶を封じる。その場合だと記憶が戻る可能性は高い。脳髄が思い出すことを拒否している状態なわけだ。鍼で刺激を与え、脳髄を活性化させることで戻せるかもしれないな」
バッと勢いよく顔を上げた朱里の目には涙が溜まっていた。
言葉を紡ごうとしても上手く紡げない。廻る思考と、華佗の苦い表情が……問題点を明らかにしていた。
「ただしだ……その状態はいわゆる休んでいる状態なわけだから、無理やり記憶を呼び起こしてしまうとその時の絶望の負荷が心に圧しかかって廃人となってしまう可能性もある。
心の崩壊は俺には止められない。事前に他の刺激を与えて偽りの安らぎを与えることくらいは出来るが、それで抑えられるかどうかは分からない。も
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