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第一章
誘惑
急にだ。耳元にだ。声がしてきた。
「なあ兄ちゃん」
「借金の勧誘ならお断りだよ」
彼、如月雄太郎は素っ気無く返した。ブルゾンにレザーパンツ、髪は前に派手に伸ばし青緑と赤のメッシュに染めている。かなり派手な若い男だ。
その彼がだ。こう声に返した。
「闇金だったら今から警察に通報するから」
「本当に素っ気無いな」
「ティッシュなら貰っておくよ」
今度はこう返す彼だった。
「それなら頂戴」
「ティッシュじゃないよ」
これはそれではないというのだった。
「生憎だけれどね」
「じゃあ何なんだよ」
「彼氏欲しくないかい?」
声は言ってきた。
「とっておきの彼氏ね」
「俺そっちの趣味ないから」
歩きながらやはり素っ気無く返す。
「残念だけれどね」
「おっと、間違えた」
しかしだ。声はここでこう言ったのだった。
「彼氏じゃなくて彼女ね」
「出会い系?俺そうしたことには興味ないから」
「何かさばさばしてるね」
「それが俺だから」
前を向いたまま話していく。やはり歩きながらだ。
「そういうことだから」
「そうなんだ。じゃあね」
「じゃあ。今度は何だよ」
「出会い系じゃないから」
声は今度はこのことを否定するのだった。
「そんな軽いものじゃないから」
「ふうん。じゃあ何なんだよ」
「おいら悪魔なんだよ」
声は言ってきた。
「ちょっと横見てみて。左の方ね」
「悪魔ねえ」
声に興味を持ってその左の方を見てみるとだった。そこには。
黒い身体に蝙蝠の翼、曲がった角と先が三角になった尻尾、それと大きなフォークを持っただ。漫画に出て来るそのままの悪魔が雄太郎の横をぱたぱたと飛んでいた。
その悪魔を見てだ。雄太郎は言うのだった。
「本当に悪魔なんだな」
「これでわかってくれたかな」
「それで彼女を紹介してくれるって?」
「紹介どころかプレゼントするよ」
そうするというのである。
「ちゃんとね」
「へえ、プレゼントね」
「兄ちゃん今彼女いないだろ」
悪魔は率直に彼に問うた。
「だからこうして来たんだけれどね」
「ふうん、それだからね」
「で、どう?彼女欲しい?」
「別に」
ここでも素っ気無く返す雄太郎だった。
「正直なところね」
「どうでもいいんだ」
「そう、三日前にさ」
何故いらないのか。彼はその理由を悪魔に話す。
「付き合ってた彼女がさ。女の子とできてさ」
「ああ、レズに走ったんだ」
「プロレスラーのスワロー岩村にさ」
「あの極悪非道の狂暴レスラーにかい。よりによって」
「そうだよ。寝取られたんだよ」
よりによってだ。女子プロレスラーにだというのだ。
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