西住みほと角谷杏
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放課後の学園艦。わたしは駆け出すか駆け出さないかの早い足取りであの場所を目指す。
今日は戦車道は授業時間通りで終わり。いつもの練習は無し。
2学期も始まり、そろそろ来年の事も考えないといけないけど……今日はお休み。
少し西の空が赤く染まりだすのを背中に感じながら、わたしは我慢できずに走り出した。
急がなきゃ、あの人のところへ……
「はぁ、はぁ……お待たせ、しました」
「ん、走らなくても良かったのに。西住ちゃーん」
「会長に、1秒でも早く会いたかったんです」
「ふふっ、ありがとね」
息を切らせて大きく口を開けてたわたしに、角谷杏生徒会長が干し芋の切れ端を咥えさせる。
「あ、ん……」
端っこに会長の歯型……食べかけの干し芋。
最初はびっくりしたけど、今はもう慣れっこ。ほんの少しだけ会長の味のする干し芋をゆっくりと噛みしめ、少しずつ飲み込んでいく。
「……はあっ」
「西住ちゃーん、干し芋怖い?」
「あ、はい……今度は」
「お茶が怖ーい」
「はい!」
口を大きく横に広げた会長が、水筒を差し出してくれる。
水筒の飲み口に唇が触れるのも遠慮せず、わたしは麦茶をごくっ、ごくっと喉に流し込んだ。
「いつもごめんね、メール1本で呼び出しちゃったりしてさ」
「いいんですよ、今日は夕練もないし……会長こそ、大丈夫なんですか?」
「平時の業務は小山と河嶋がいれば回る。そろそろ2年生に仕事を渡して引継ぎもしないといけないしね」
「会長とこうしていられるのも、あと半年……」
「言わないで西住ちゃん。今は考えたくないんだ」
高級学生寮……会長の自宅……の屋上のベンチで、わたしの膝の上に頭を預けた会長が横になっている。
遠くに海を眺めながら、会長の赤茶色の髪に指を通し、静かにゆっくりと手櫛で梳く。
会長と一緒にじっとしていると、航行する学園艦に吹き付ける風が、夏の湿った空気から秋の心地よい涼しげな空気に変わったのが、からだ全体で感じられた。
互いの言葉は少ない。
日々の激務の疲れと会長としての威厳に満ちた振る舞いを、ひとときでも膝の上で忘れられるのなら……わたしも幸せ。
ツインテールの片方を目の高さまで持ち上げ、そっと髪の毛の匂いをかぐ。
お日さまと、会長の匂い。
目を閉じる。潮の匂いの混じる秋風と微かに聞こえる波の音。
会長のさらさらの髪を、触覚と嗅覚だけで楽しんだ。
「ねぇ。西住ちゃん」
「はい?」
「あれ……お願いしていい?」
「はい!」
ベンチの隣に置いたカバンの内ポケットから、細い布製のペンケースを取り出す。
中身は鉛筆でもシャープペンシルでもボールペンでもなく、竹製の耳かき。
『A.K.』 ふふっ、耳かきに会長のイニシャル書いちゃった
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