暁 〜小説投稿サイト〜
鎮守府の床屋
番外編 〜喫茶店のマスター〜
後編
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た。僕の角度からは、北上さんの表情が本に隠れて見えなかった。それは偶然なのか意図的なのかは分からない。でも北上さんは、なんとなく自分の表情を僕に見られたくないのかなと思ってしまった。

「私さー。艦娘なんだよねー」
「はぁ……艦娘……ですか」
「うん」

 艦娘っていえば、けっこう前から深海棲艦とかいう化け物と戦ってる人たちのことだったよな確か。数年前に他の県の海軍施設が崩壊しただかの事件が起きた時、艦娘って人たちのことがちょっと話題になった覚えがある。詳しくはよくわからないけど。

「だからさ。私って下の名前がないんだよ。無理矢理にフルネームを言うとしたら“重雷装巡洋艦・北上”だから、ある意味“北上”が下の名前なんだよね」
「……」
「それにさ。かつては私、深海棲艦って敵と戦ってたんだよね。何体も沈めたよ。それこそ、何体も何体も殺したよ」
「……」
「でもね。後悔はないよ。戦争だったし。私もたくさんの仲間を……深海棲艦に殺されたし……大切な場所や大切な人たちを守るためだったから」
「……」
「怖くなった? 無理しなくていいよ? 気持ち悪かったら、もう来なくてもいいし」

 ハルさんは、一つ間違えていたようだ。ハルさんは『北上はそんなに気にしてないんじゃないか』って言ってたけど、それは間違いだったみたいだ。

 今、北上さんは冷静に……いや冷静を装いつつ僕の返事を待っている。僕に表情を見られないようにマンガで顔を隠して、声色も努めていつも通りの声色になるようにがんばっているけれど……

 けど、マンガを持ってるその手はほんの少しだけ震えている。声色だって、毎日声を聞いてる僕には分かる。北上さんが緊張しているのが分かる。

 でも正直なところ……北上さんには悪いけど、僕にはそれが重大なこととは到底思えない。

「えーと……北上さん」
「んー?」
「ごめんなさい。僕にはいまいちよくわかんないんですけど……とりあえず一つ質問があります」
「なに?」
「大丈夫だと思いたいんですけど……念の為」
「うん」
「とりあえず、僕と仲良くはしてくれるんですよね?」
「……」

 北上さんが艦娘ってことがどれだけ重大なことなのかは僕にはよく分からない。深海棲艦と戦う存在で軍所属ってことだったはずだから、きっとたくさんの敵の命を奪ったというのは事実だろう。そして、仲間もたくさん死んだということも事実なのだろう。

 でも僕にとっては、それは言うほど難しい問題ってわけではなくて……。なんというか、誰だって悩みや苦しみは持っているはずで、北上さんの場合はそれがたまたま、自分は艦娘だって悩みなだけの話で……。

「ごめんなさい……なんかホントによくわかんなくて。突然そんなこと言われても、僕はよくわかんなくて」

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