暁 〜小説投稿サイト〜
鎮守府の床屋
番外編 〜喫茶店のマスター〜
前編
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ったんだけど、その日はちょっと違った。その日、マスターは僕にお釣りを渡しながら、妙に顔を覗き込んできた。いつものジト目で。

「んんー?」
「……ど、どうかしたんですか?」
「……」

 不意にマスターが、僕の髪に手を伸ばす。突然のことで僕は何も反応出来ず、ただただされるがままに、マスターに髪の毛先を触られることしか出来なかった。

 僕の前髪の毛先を少しいじった後、今度は僕の頭のてっぺんに手を当て、髪を乱暴にくしゃくしゃっと乱してきた。マスターのこの行動は失礼極まりないんだけど、不思議とくしゃくしゃされてるのが心地いい。

「な、なんなんですかっ」
「髪伸びた?」
「へ?」
「ほら。初めて来た時はもうちょっと短かったような……」

 確かに初めてきた時から数ヶ月経つけど、僕はその間まだ一回も髪を切ってなかった。マスターは僕が初めて来た時のこと、覚えててくれたのかな。

「あ、は、はい。初めてきたときからまだ一回も髪切ってないです」
「やっぱり。そろそろさっぱりしてもいい頃かもね〜」
「そ、そうですか?」
「うん。まぁどっちでもいいけどねー」
「はぁ……」
「ちょうど隣が床屋だし、よかったら切っちゃってもいいんじゃない?」

 なんだか珍しくマスターが僕にちょっかいをかけてきているような……いや、別に気にならないから散髪はまだいいかなーなんて思ってるんですけど。

「そかなー。私はさっぱりしてる方が好きだけどねー」

 そう言われて、不思議と『んじゃ切るか』と決心してしまった当時の僕は単純でしょうか……。

 後日、僕はミア&リリーに入る前に、その隣の床屋の入り口の前に立った。『バーバーちょもらんま鎮守府だクマ』てのもなんだか妙な名前だ。考えてみればこの店、数年前からここに店を構えてることを思い出した。妙な名前だったからまったく行く気になれなくて、ずっと気にしてなかったんだけど。

 ガラス越しに店内の様子を探る。お店の中には、いつかマスターと楽しそうに話をしていたあの背の高いカッコイイ男性がいて、静かに掃除をしているようだった。そっか。あの人床屋さんだったのか。マスターの恋人とか家族とか、そんな感じの人なのかな?

 今なら他にお客さんもいないし、待たされないで散髪出来そう。意を決して入り口を開くと、カランカランという音が店内に響き、床屋さんが静かにこっちを見て微笑んでくれた。

「はい、いらっしゃいませ」
「はい、あ、あの、髪を切りに来ましたっ」
「かしこまりました。それじゃこちらへ」

 床屋さんは実に柔らかく優しく対応してくれ、僕を散髪代のシートに座らせると、自分はキャスター付きの椅子に座って僕の髪を観察し始めた。

「結構伸びてますね。どういう髪型にするか決めました
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