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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十八話 奇襲 虚実の迎撃
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「――ようやく、胡散臭い笑いが取れたわね。」
 思わず口元を触る。作っていた表情は――あっさりと消え去っていた。

「なかなか良い|表情(かお)していたわよ?」
 勝者の余裕からかどこが親しげな話し方になっているユーリアに青年は幼子のような声で問う。
「・・・嘘だったのですか?」
 事実として東方辺境軍は急速に領土を拡げた際に彼らの言う蛮族を大量に受け入れている。
だからこそユーリアの長広舌を豊久は信じかけたのだ。

「拗ねてはダメよ」
 美姫は、喉の奥で笑っている。
 ――何かもう動揺しすぎて演技が出来ていないようだ、完全にしてやられた。
「私が話した事は全て〈帝国〉陸軍元帥 ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナの名に賭けて真実です。
貴男が私と〈帝国〉に忠義を尽くし、相応しい武勲を上げるのならば、私は貴男の後ろ楯になります」
帝国を統べる一族に相応しい覇気を感じさせる口調で告げる。
「それに――」
「それに――なんですか?」
尋ねる豊久は露骨に不貞腐れた態度であった、もはや自棄になっている。
「何なら貴男を愛人にしても良いわよ?」
 生真面目な姿から一転して仇っぽい目で見つめられると豊久は赤面して慌てて黒茶を呷る。
「あら、存外に初心なのね。――まぁさすがにこれは冗談よ、今はまだ」

「さすがにそれで売国奴になったら色々と泣けますね」
 ――もうやだ、一番苦手なタイプだ、この(ひと)
内心はもう半泣きであるが豊久は最低限の体裁を取り戻そうと四苦八苦する。

「そうかしら?それは差し引いても十分以上に貴方は好きに振る舞える筈よ――信頼を勝ち得る事が出来るなら。
だから――此方にいらっしゃい。」
ユーリアの澄んだ碧眼と疲弊した官僚肌の将校の黒い瞳が交錯した。
 ――それはきっと甘美なのだろう。敵を多勢を持って勇壮華麗に叩き潰し、美姫の下で勝利の美酒に酔う――素晴らしい光景だ。
 一瞬、垣間見た気がした未来に薄く笑みを浮かべ――豊久は自分でも驚く程よく通る声で答えた。
「嫌です」
 ――あぁ、そうか。これが豁然大悟というやつか?今、確かに選択の余地はあった、だが俺は亡びるのであろう故国を選んだ。何故かは自分でも解らない。
 ――安い矜持か、家族、友人への未練か。
どちらにせよ大した理由ではないのだろうな。
何とも――困ったものであるが――それで良いんだ。

「そんなに滅びる故国がいとおしくて?」

「そうですね。自分でも些か驚きましたが自分なりに愛国心を持っている様で。
それに――」
交渉用のものではない、澄んだ笑顔を浮かべた。
「それに?」
 ――俺は、他人をからかうのは好きだが、からかわれるのは嫌いだ。いやはや、我ながら始末に負えない餓鬼だ。


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