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婆娑羅絵巻
壱章
信太の杜の巫女〜中〜
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手を掛けない。
そのぐらい余裕はあるのだろう。


そうこうしているうちに相手はすぐ近くまでゆっくりと近付き、立ち止まっては追い詰める様に見つめる。
「いいねぇ…その化けの皮、剥がすのも悪かねぇなぁ……。」
洒落を言ってるつもりなんだろうか…?
化けの皮とは面紗のことだろうが、正体が分からぬ者に顔を知られる訳にはいかない。
機会を狙い、軽く手負いにさせ怯んだ隙に逃げよう。







匕首を使うのに充分な距離、…今だ。
岩場をダンッと蹴りあげ右手の匕首が風を切る、その拍子に肩に掛かっていた小袖がバサリと落ちた。

相手は刀に手を掛けない、この勝負貰った……!
刃があともう少しで相手の腹部を掻き切る、……此れで終わりだ。
「……。」

「………ッ?!」
信芽は右手首を尋常じゃない力で掴まれた。

……しまった、そう思った時には遅い。
そのままグイッと引き寄せられ、逃げぬように押し倒されたと思ったら上から覆い被さるように地面に押さえ付けられた。

まるで大蛇に巻き付かれた様に身体が動かない。
腕だけはなんとか動かせるので振り回そうと力を入れる。
「おっと…あんまり抵抗するとアンタの手首が折れるぜ?」
相手も掴む力を強くし、手首を圧迫する。
力が入らなくなり匕首がカランと手の中から落ちた。

掴まれている右手首がズキズキと脈打ち、歯が立たなかった悔しさか、はたまた底知れぬ恐怖心からか身体が小刻みに震える。
「安心しな、斬りかかって来たのは気が食わねぇが化けの皮剥がしたら逃がしてやるさ。」
声から余裕の色が滲み出ている、抵抗を止めたのが分かると相手は力が入らなくなるなった右腕を放し面紗の紐が結ばれている後頭部に手を伸ばした。
だが、腰を押えつけている右手は放す様子が無かった。

器用なことに、男が左手でのみで結び目をほどき面紗を外される。
一瞬日の光の眩しさで視線を外したが相手に視線を戻す。

次の瞬間、思わず息を呑んだ。





______やや長く肩に掛かった焦茶の猫っ毛、日ノ本の人間とは思えないような顔立ちに右目に着けた眼帯。
全身から漂う白檀の甘く爽やかな香りに反する艶やかな色気

そして、左目の瞳
何時か父がくれた異国の古書の色付きの挿絵で見た竜の様な美しい琥珀の瞳
最初は好奇心からか荒々しい獣の目のような光で輝いていたが瞳に私の顔が移った途端、何故か次第に穏やかな水面のような光に変わっていく。

吸い込まれてしまうくらい澄みきっていて、信芽は思わず見つめ返しては惚けてしまった。
その間も目の前の男から香る白檀の香りが鼻孔を擽る。

___あまりにも自分の周りに居る男とは違うのだ。
喩えるならば、伊勢物語に出てくる『男』
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